介護の輪 - トピック返信
高齢者の幸せのかたち
【返信元】 介護の理想
2019年02月25日 07:53
「敬老の日」の趣旨は、多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う
ことです。「老人の日」は、国民の間に老人の福祉についての関心と理解を深め、老
人に対し、自らの生活の向上に努める意欲を促すことが目的のようです。
「敬老の日」は「長生き万歳!」といった、めでたい感じですが、「老人の日」は、
老人を社会福祉の問題として考え、老人自身にも自助努力を求めるということもある
ような気がします。超高齢化社会の難しさを考えるのが、老人の日かも知れませんね。
健康年齢を過ぎ、要介護状態の老人が長生きする時代になると、長寿万歳と、めでた
いだけでは済まない面もあります。それが若い世代の介護問題ということになります。
一方、高齢者の方から見れば、要介護の時間が長くなるほど、早く死んでしまいたい
という気持ちになることもあり得ます。それでは、幸せな老人とは言えないわけです。
今の時代、高齢者が幸せである条件とは、どんなものでしょうか。とりあえず、経済
的に自立している必要はあります。でも、経済的に十分な人は少ないのが現実です。
今までの幸せな老人像は、生涯現役のようなものだった気がしますが、それだけでは
済まないのが超高齢社会です。要介護ともなれば、若い時の価値観のままで、幸せに
暮らすのは難しいでしょう。過去のプライドも役には立ちません。身体的、社会的な
弱さを長く経験することになるわけです。その状態を受け入れ、幸せを感じることの
できる新たな精神的成長をする必要がありそうです。自己中心的な思考から解放され、
無理なく老いを受け入れる価値観が必要なのは、宗教的な見地からも、殿を介護した
経験からも、何となく想像できるのです。
スウェーデンの社会学者は、それを「老年的超越」と名付け、高齢者の幸福感につな
がると指摘したそうですが、わかるような気がします。確かに、そのような高齢者は
存在します。それは、生かされている感謝であり、肯定的な見方であり、楽観的な態
度であり、二元論からの脱却であり、全てを受け入れるような、宗教的な悟りです。
親風を吹かせ、介護拒否もあった殿が、変わり始めたのは、そんな感じだったのです。
私は、そんな殿に感謝しました。「こんなに良く倅の言うことを聞いてくれる親は少
ないよ」そう言われれば、殿も頑張らないわけにはゆきません。それを繰り返しなが
ら、良い流れができた気がします。ついに私は、殿にお父ちゃんとも呼ばれました。
幸福感の低下が見られないような高齢者が存在することは、私には、大きな救いです。
今、介護者である人たちも、やがて高齢者になるわけです。幸福感を維持できる高齢
者は、それを受け止められる新しい強さを身に付けなければなりません。殿は、私に
身を持って高齢者の生き方のヒント見せてくれたような気がします。それが「老年的
超越」ということなのかも知れません。おほほ 

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介護の理想 - 08/05/14 11:57 (おじちゃん) 映画