荒川の水切り遊びの「1. 水切り遊びのまとめ」
「1. 水切り遊びのまとめ」の書込一覧です。
1. 水切り遊びのまとめ
【閲覧数】6,046
2014年07月27日 12:10
 水切りという遊びがあります。石を水面で跳ねさせるあの遊びです。水切りのできる環境は少なくなりましたが、誰でも何度かは経験があるのではないでしょうか。静かな水面と石のある場所にいると、不思議と水面に石を投げたくなるのはなぜでしょう。
 なにも道具がいらず、だだそこにあるものだけを使った素朴な遊びです。石を水面に投げると、石は連続して跳ね、いくつもの波紋を残します。やがてその波紋は消え、川はいつものようにゆったりと流れます。ただそれだけのことです。
 水切り遊びは、人が二本足で立ち、手が自由になった時から始まった最古の遊び一つではないかと思います。古代人の一人が水面に石を投げ、連続して跳ねるのを発見したとき、水切り遊びは小さな文化になりました。誰かが「おおー」と声を出したかも知れません。「うひょひょ」と笑ったかも知れません。
 水切り遊びは、原始のまま続いてきた珍しい遊びです。いわば遊びのシーラカンス。科学が進歩した現代でも、水切り現象は充分に解明されていません。永遠に変わらないこの現象は、石がたくさんジャンプすると、なぜか不思議に嬉しい気持ちになります。
 私は、水切りに適した川の近くで生まれ、川を遊び場として育ちました。五十五歳を過ぎてから水切り遊びの面白さに気付き、改めて練習を始めたのです。
 水切りは、気体、液体、固体の様々な原理が相互に影響して起こる複雑な流体現象です。単純なようで奥が深く、次々に発見があり、面白くてやめられなくなりました。
 本来、子どもたちは遊びを通して成長します。子どもは遊ぶのが仕事だと言う言葉がありましたが、時代の急変で教育の目的も方法も混乱し、文明時代の教育はどうあるべきか試行錯誤が続いています。そんな中で昔からの遊びが見直されています。これは、ほとんど道具を使わず、群れ遊びが中心で、自然の中で行われることが多いのが特徴です。遊びは、年齢の違う子どもが一緒に遊び、工夫され、独自の子ども文化を形成していました。小さな子は先輩を見習い、大きな子は小さな子を気づかい、いつしか一人前の子どもに成長してきたように思います。私達は、その中で仲間意識を育て、自らを守る知恵や優しさを感性として身に付けてきました。子どもの遊びをたわいのないものとして見過ごすことはできません。遊びは子どもが積極的に行う経験です。それは実験、観察、発見を繰り返し、頭と体、双方の情報として記憶され、応用の利く生きた知識となるのです。
 水切り遊びは、自然環境が残された水辺で行われ、手軽に行える遊びで、子どもたちはこの遊びが好きです。水切り遊びを広める事は悪いことではなさそうです。文明は間違いも教えますが、自然を教師として身につける感性に間違いは少ないと思うからです。自然との絆、世代間の絆を取り戻すきっかけとして水切り遊びが役立つ事を願います。
 また、これは科学的に検証したものではなく、私の個人的な感想というようなものです。これに修正を加え、さらに発展させてくれる人が現れることを願っています。
 このトピックで、今まで水切り遊びについて考えたことや感じたことを書いてゆきますが、返信はこのトピックにはできない設定にしましたので、別のトピック「水切りのうひょひょな話し」か、メッセージとしていただけましたら、対応させていただきたいと思います。続く…

書き込み数は41件です。 [ 1 2 3 ]
[ 日付順 ] [ 投稿者順 ]
42. 新しい水切り大会 石-1グランプリ
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2017年11月13日 09:07
愛知県岡崎市で開催された水切り大会に招待されました。ビルの立ち並ぶ中を流れる乙川の河川敷は、見事に整備されてはいますが、下流ですから石ころはありません。
6月に放送された日本テレビ鉄腕DASHのご当地PR課というコーナで、岡崎名産の御影石が紹介され、熊谷水きり倶楽部もその企画に参加しました。その御影石で理想の水切り石を作り、プロ野球の投手に投げてもらうという企画です。岡崎市は、昔から石工の町と言われ、石屋さんが多く、たくさんの石屋さんが軒を並べる石工団地があります。石工団地青年部の皆さんは放送を機会に、岡崎城下家康公秋まつり商工フェアと連動して「石−1グランプリ」岡崎水切り石選手権大会を企画しました。水切り石を作るのに、これ以上の条件と組織はありませんが、理想の水切り石を作るのはそう簡単ではないのです。番組では、その複雑さをわかりやすくするため、いくつかの私の想像を演出しましたが、実際には私も良くわかっていないのです。その複雑さを表現するために、ロマンを感じるような石を理想の水切り石としているだけなのです、この問題は、それぞれの人の実感に頼る傾向があるのです。実際は、投げる人の技術や石のスピードによって重さや形が違い、理想の水切り石は変るのです。
石工の皆さんは、番組に影響されることなく、実験と工夫を繰り返し。大会本番の水切り石は、凸レンズ型の石を作りました。これは理想とは言えませんが、誰が投げても失敗が少なくなる石で、理想に近い石です。職人の皆さんは、伝統に裏打ちされた技術で、日々、根気のいる作品を作っています。理想の水切り石を作るには、これ以上の方々はいないと思います。次回の大会でも新しい発想の水切り大会を実現するでしょう。
石のない河原で、作られた石の水切り大会は日本では初めてです。これが実現したのは、岡崎の御影石と石加工の伝統ですが、私個人としても、新しい発想の契機にもなりそうです。
こうして、水切りに多くの人が関わることで、新しい水切りの魅力が発見されてゆくのだと思います。この新しいタイプの水切り大会が、今後どのような展開を見せるか、期待して見守りたいと思います。
41. 水切りの謎
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2017年08月14日 10:18
水切り現象はとても複雑で謎の多い現象です。それは、固体である石、液体である水、気体である空気が、互いに影響し合う複雑な流体現象だからです。
 たくさん跳ねさせるにはどうしたら良いのか長いこと考えてきましたが、今でも謎だらけです。難しいのは、投げる石の問題です。ただ平たければ良いとも言えるのですが、たくさん跳ねさせようと思うと実に難しい問題になります。投げる石のスピードにより最適な石が変るからです。空気と水の抵抗を極力少なくし、水離れを良くし、波紋の間隔を詰めることが数多く跳ねる条件です。私なりに様々なことを推測して実験してきました。いくつかのことは経験的にわかりました。石のスピードが遅い場合は、比重が軽くて薄い石が良いのです。跳ねやすく、波紋の間隔も小さくなる傾向があります。反対にスピードが早い場合、ある程度比重が重い方が良いようです。このスピードによる石の選択は、かなり難しい問題で、それは石の形状と共に確かなデータはありません。ほとんどは経験則だけです。自分に合った石を見つけ、それを投げることが一番のコツです。そこに自分流の水切りがあり、個性が生まれます。
 また、石の入水角度と水離れの問題も、石のスピードや形状で変化する難しい問題です。水に接する面が、磨いたように平らな石は、水の粘着性が影響して、水離れが悪くなり、石の姿勢を崩します。小さくて滑らかな凹凸が、微細な泡を発生させ、石と水の摩擦を少なくし、水離れも良くするようです。凸レンズ状のカーブも水離れを良くしますが、石の沈みが大きくなり、水に接する時間が長く、それが抵抗になります。その加減が難しいのです。
 もう一つは石の入水角度です。これは石の厚さや形状でも変ります。また、投げられた石は、スピードが早いと水に接する度に上向きの角度が浅くなります。反対にスピードが落ちると、角度は最大で20度位まで上向きに変ります。これが、水切り石が美しいジャンプを続ける理由だと思われます。つまり、石のスピードが早いほど、水は堅く振る舞い、石の角度が浅くなり、スピードが落ちると、その分だけ水は柔らかくなり、石の沈みが大きくなります。そのため、最も抗力の大きい20度と言う角度になるまで角度を変えながら跳ね続けると考えられます。
 また、水切り石の角の丸みは、水の流れを良くし、水と接する度に石の姿勢を安定させる働きがあるように感じています。石の形状により、どれ位の丸みがが最良なのかも謎です。
 当然ですが、三つの物質が相互に影響し合う水切り現象ですから、様々な要素が複雑に作用し、確実なことが言えなくなっているわけです。それらの謎自体が、水切り遊びを面白いものにしていると感じています。
40. 理想の水切り石を作る
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2017年07月25日 16:48
 私も来春は70歳。加齢による瞬発力の低下で、奇蹟的な数のジャンプは見られなくなりました。それでも良い石を見つけ、条件を選べば、40段ほどのジャンプが出ることもあり、充分に楽しめます。若い水切り名人も出てきましたので、今後は、できる限りサポートをしてゆきたいと思っています。
 そこに、久し振りに面白いテレビ番組の企画が舞い込んできました。私の体調も良くなく、ロケの場所も遠く、用事もあり、また2日間のロケ日が土日ということで、熊谷水きり倶楽部の信頼できる会員にお願いしようと考えました。
 しかし、共演者の年齢が40歳代と50歳代で、指導もあるので、年寄りの私にお願いしたいということでした。番組の水切り企画が消滅するのは残念です。ここは頑張るしかありません。
 日本では水切りの上手な人のことを、チャンピオンではなく名人と言います。日本の水切りにはそんなイメージがあるのかも知れません。私はその表現が気に入っています。他に差をつけて君臨するのがチャンピオンだとすれば、名人は、何かの悟りを得た仙人のようなイメージがあります。私が水切りで表現したいことは、水切り名人である方が都合が良いような気がするのです。
 今回の企画は難しいものでした。愛知県岡崎市は御影石の産地です。そこで、御影石で理想の水切り石を作り、元プロ野球の投手に投げてもらい、岡崎の御影石をPRしようというものです。私の役目は、水切りのアドバイザーのようなものですが、これはとても難しい仕事です。私は、水切りの難しさや謎は知っていても、水切りの原理や、理想の水切り石について、ほんの一部しか知らないのです。当然、スタッフや水切り石を作る人達にもそれぞれに水切りの知識があり、人はわかった気になりたいものですから、多くの場合、簡単に考えていることが多く、私の思いをうまく伝えるのは、とても難しいことです。
 思った通り、様々な考え方や、石職人さんの技術的な難しさもありました。結局、水に接する部分の形状に問題が出ました。様々な形の石がありましたが、凹凸が深過ぎて水の抵抗が目立ってしまいます。反対に凹凸がなく、ツルツルに磨いた石は、水の粘着性の影響が大きく、水離れが悪くなり、それが一部分に作用すると、石の姿勢が保てなくなります。凸レンズのような形なら、石の水離れも安定するのですが、こんどは石のカーブが影響し、それが抵抗となって奇跡的なジャンプ数になりません。これらの問題には今も結論が出ていないのです。水切り石の比重や、投げた石のスピードにより、最適な石の比重や形状が変化するからです。
 水源の山から何百年も水に流され、浸食された自然の水切り石は、力ずくで作った石とは違い、僅かな凹凸がありますが、それは鋭角ではなく、波のように緩やかです。その僅かな凹凸が水と接する部分に空気を送り込み、それが微細な泡となり、石の水離れを良くし、水との摩擦や衝撃を軽減するのかも知れません。その形状は、石の比重や石を投げるスピードによって複雑に変ります。自然石が良く跳ねる原因はそのあたりにあるような気がしています。私はそんな水切り石を、自然と協調性のある「うひょひょ石」と呼んでいます。
 それでも、今回は自然石にはありえないような、沢山のモデル石を投げることができたのは大きな収穫でした。水切り石作りは、私のいないところで進みます。番組はわかりやすさを視聴者に提供しなければならず、技術的な問題もあり、私の主張を全て通すわけにはゆきません。また、石を投げる人に教えるのも難しいものです。短い時間で上手になれる人も稀にはいますが、野球の投手は、その基本が身に付いていて、石のスピードを生かすのがとても難しくなります。そのスピードを活かす技術を短時間でマスターするのが難しいのです。石のスピードを維持したまま、入水角度、石の横回転を同時にコントロールすることは簡単ではありません。今回も練習時間が少なく、石を完璧に投げることはできませんでした。
 私は、水切り石を作ることによって失われる水切りの楽しさもあると思いますので、石を作ることには賛成できませんが、自然石にはありえない人工石を投げることで、新しい気付きを得ることがあるのです。今回の収録も大きな収穫がありました。また、熊谷水きり倶楽部の若い会員が収録に協力することで、ロケ現場を経験できましたし、彼も様々に加工された水切り石を投げることができたのは、大きな収穫だったようです。結果が予想外の石もありました。まだまだ水切りには謎が多く、難しくて面白いものだと感じます。関係者の皆様に感謝致します。
39. 水切り遊びをどう役立てるか
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2016年09月01日 10:18
 どうしたら水切り遊びをより楽しく、役立てることができるか考え続けて15年が過ぎました。初めの頃は、たくさん跳ねさせることが中心でした。結果、条件が揃えば40位は跳ねるようになりました。奇蹟が起こると50を越えたと思う事もあります。
 当時の世界記録は38回。55歳の私でもそれだけ跳ねるのに、世界記録が少ないことが不思議でした。当時の世界記録保持者は、水切りは美術形式の一つであり、単なる美であると言っています。また、宮城県の全日本石投げ選手権大会では、実際より少なめに数えます。記録は少ない方が後で投げる人が楽しいという考えに私は目が覚めました。
 遊びは遊び以外の効果もあります。熊谷水きり倶楽部では、環境に対する感性を育てる切っ掛けにしたいという思いがあります。それを遊びの中で自然に達成したいと考えます。遊びの楽しさは、自分の技能に対し、最適な挑戦感のあるときに生まれます。面白さは最適な緊張の結果です、最適な緊張は、緊張のシンプル化と緊張の複雑化という相い反する2つによって達成されます。この最適な緊張は、遊びの本質かも知れません。たとえ、うまくゆかなかったとしても、以前の結果を分析し、なぜ失敗したのか、何が悪かったかということを考え、以前よりも成功の確率の高い方法を選び、それがうまくゆくと不思議なほど嬉しいものです。そこが水切り遊び最大の面白さかも知れません。
 水切りの魅力の中に、コミニュケーションツールとしての良さがあります。美しい波紋が見られた時、素朴な遊びだからこその不思議な共感があるのです。それは老若男女、立場を超えています。これは他の遊びには見られないものです。自然に依存した遊びということも独特です。水切りの体験からは自然の不思議や美しさも感じられます。それがあまりにも知られていないと思います。石を選び、自分の体に神経を集中し、水切り現象を観察して、次の水切りを試す。それを繰り返すことで、私達は目的に近づきます。それは、小さな子供にとって学習の基本であり、遊びです。それらのことをどうしたら効果的に実現できるか、今も考え続けています。自然や自分の住む環境を理解し、どうすれば調和できるかは、昔も今も変わらない人類の知恵の基本でもあります。
 現在、水切り遊びは過去最大の発展をしています。水切り大会も多くなりました。水切り遊びに横のつながりもできてきました。国内に限らず、国を超えたつながりもあります。15年前にはなかった水切りの情報も多くなり、水切りの上手な人も増えました。 何を育て、何を捨てるかは人類にとって永遠の課題かも知れません。水切り遊びが、少しでも自然の本質に触れる切っ掛けになることを期待します。そのため、私が感じたことを書き残したいと思います。若い人たちが、この本の間違いを正し、水切り遊びの新しい魅力を発見し、より良い形で発展させてくれることを願います。
38. 世界と日本の水切り
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2014年11月22日 10:51
 近年、水切りは過去最高の発展をしています。世界記録もジャンプ数38回から41回、そして51回と増えています。そして昨年、Kurt Steinerさんが88回のジャンプを記録しました。この方は、41回の世界記録を出してから、記録の更新はしていませんでいたが、それ以上の力があると感じていました。
 アメリカでは、プロの水切り集団が切磋琢磨して記録を伸ばしてきました。他に差をつけて君臨するチャンピオンという考えは、水切りもプロスポーツになり、経済的価値を得ることもできます。それが記録に影響しているのかも知れません。イギリス、スコットランドの水切り大会では飛距離で勝敗を決めます。これは勝敗を決めるには合理的なルールです。20以上の波紋を正確に数えるのはほぼ不可能です。ここにはDougie Isaacsさんという何度も優勝している肩の強い若者がいます。
 一方、日本の場合はだいぶ違います。15年前から石投げ選手権大会を運営している宮城県丸森町では、別の考え方を感じます。沢山の部門を設け、多くのヒーロー、ヒロインを作ります。また、ジャンプ数を少なめに数えます。記録は少ない方が、後で遊ぶ人が楽しみ易いためだと思われます。また、四国の仁淀川の水切り大会は今年が第11回ですが、ジャンプ数は数えません。ジャンプの数と、飛距離、また、投げ方などを総合し、勝者を決めることを審査と呼んでいます。
 これは水切り大会を運営する団体の想いが現れていて面白い違いです。日本では、水切りを自然現象や遊びとしてとらえているようです。私はとても素敵な発想で素晴らしいと感じます。同じ現象でもとらえかた次第で、意味はまるで変わります。
 今、水切りが発展しているのは、今まで限られた地域の、限られた仲間だけの遊びだったのが、ビデオなどの機材が発展したことや、テレビやインターネットなどで目にすることが多くなったためだと思いますが。水切りで何ができるのか、改めて考えてみる時期なのかも知れません。
37. 壮大な水切り実験
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2014年10月26日 12:54
 人は頭脳を使う事で、自らの身体能力を超えてきました。飛行機、船、自動車、弓矢もそうです。先日、NHKの番組でピッチングマシンの会社と航空機などの精密部品の会社の協力で、人の能力を超える水切り実験を行いました。航空宇宙工学の教授もアドバイザーとして加わっています。申し分のないチームです。
 私は、そのチームが研究を初める最初に、実際の水切りを見せることになりました。番組の担当者からは、あまりコツを教えないで欲しいと言われました。優秀な技術者も水切りそのものについてはあまり知りません。私が色々言うとそれに流されると言うことでした。わからないわけではありませんが、私は、短い期間で水切りのコツに気付くのは難しいことを経験しています。私が水切りについて、一つの気付きを得るのにはそれなりの時間が必要だったからです。自分の間違いに気付くにも時間は掛かります。実際、今でも謎だらけなのです。それを検証するには、水切り石の発射装置が必要なのです。石も自然石以外はほとんど経験していません。私にとっては、願ってもない企画です。
 水切り遊びには偶然性があります。それは、遊びとして、水切りの魅力の一つなのですが、正確な石の発射装置と人工の石による水切りは、私の好奇心を充分に刺激するものでした。
 さすがに企業の蓄積は素晴らしいです。石の発射装置は100キロを超えるスピードを実現し、難しいと思った石の入水角度もクリアしています。石も鉄やアルミを使い、私の思いを現実の形にしています。
 水面はプールなどでは距離が足りず、大きな沼を使いましたが、天候はコントロールできません。実際の水切りは、全てが調和しないと奇蹟は起きません。結局、波が原因で、51回の世界記録は超えられませんでしたが、その迫力は人間技を超えた素晴らしいものでした。石の飛距離は100メートルを楽に超え、200メートルに迫るものでした。実際に波のない日の実験では、世界記録を超える凄い数のジャンプを出しています。
 水切り現象の偶然性を克服するには、波のない水面と、さらに多くの材質で、形の違うモデル石を作り、石のスピードを変えた実験を繰り返すしかないでしょう。水切り遊びは太古からの遊びですが、現在最も進化していると思います。それはビデオなどの機材が一般化したことが大きいと思いますが、水切り遊びは、ジャンプの数が全てではないことを忘れないで欲しいと思います。石、水面、天候、そして人。全てが調和した時にだけ奇跡の波紋を見ることができます。一期一会の波紋を美しいと感じ、それを楽しむことのできる心が大切なのだと思います。
36. 水切りの謎
【返信元】 35. 終わりのない水切り
2014年09月14日 22:15
 私は10年以上水切りについて考えてきましたが、いまだに謎だらけです。今の私は66歳。頑張っても87km以上で石を投げることはできません。また、石より重い金属や大きな石を投げることもできません。自然にあるものだけを使う遊びとしての水切りなら、それ以上のことを考える必要はないのですが、好奇心としての興味は尽きません。
 その原因の一つは、水切りを初めた頃、テレビの企画でプロ野球の下手投げ投手が水切りをするところを見ているということがあります。その時、石のスピードは100km以上で、新たな疑問が湧きました。なぜか水切りがうまくゆかないのです。回転不足はわかりましたが、それ以上のことが良くわからず、もしかしたら、石があるスピードを超えると、今までの私の常識と違う原理が働くのかも知れないという疑問が湧きました。それは今でも謎のままです。石の回転数にしても、私が投げる以上の回転数は経験できません。スピード、石の材質、また、地球上意外の環境での水切り現象については完全に謎です。水面についても、塩分飽和状態の水や、油などの場合も謎です。科学としての水切り現象は、実に奥が深く、しっかり研究すれば、人類に貢献できる新しい発見があるかも知れません。おそらく、全てのことはこんな風に科学になってきたのだと思いますが、水切り現象は、水辺の暇つぶし的な遊びの要素が強く、研究費が掛かる割に利益を生みそうもありません。また、気体、液体、個体の3種の物質が相互に影響し合う複雑な現象ですから、偶然性もあり、科学に馴染みにくい現象ということで、研究が続かないのではないかと想像します。
 私の水切りの目標は、簡単に言えば、人は石を投げるだけでも楽しめるというというメッセージです。年齢や性別を超えたコミニュケーションツールとしての価値もあります。また、子どもたちが自然に親しむ切っ掛けにして欲しいと願っていますが、水切り現象そのものへの好奇心も尽きないのです。
 先日、ある番組で日本の一流企業が水切り石の発射装置を作りました。もちろん石のスピードは100kmを楽に超えています。石もアルミから鉄まで様々な材質を使った実験を行い、形状も工夫されています。新しい発見がありそうです。これは私にとって願ってもない面白い企画です。人類初の水切り現象が見られそうです。この企画に最もワクワクしたのは私かも知れません。一部のことはわかりましたが、新しい疑問がさらに増えてしまいました。結果は番組をご覧下さい。2014年10月9日と16日の2回に分けて午後10時55分からNHKで放送される予定です。超絶凄ワザという番組です。
下の写真の沼で行われました。
35. 終わりのない水切り
【返信元】 34. 水辺の利用について
2014年08月29日 07:20
 水切りの研究は難しいものです。投げる石は違うし、いつも同じには投げられません。最初はセメントや粘土で石を作り、実験していました。比較的安定したジャンプにはなりますが、河原に落ちている石の方が良く跳ねます。何度ノートに記録しても、原因不明の失敗もあり、反対にうまくゆくこともあり、確定できない面があるのです。今まで間違いないと思っていた事が、実はそうではないかも知れないと気付く事もあります。水、石、空気の三つの物質が互いに影響し合う複雑な現象だからです。また、私たち人間は同じ運動を正確に繰り返せないという難点もあり、川や天候も微妙に変化します。当然、訂正と発見の繰返しになります。だからこそ、いつまでも楽しめるとも言える訳です。最近はそれも良いと思っています。
 何度かテレビ番組で、水切り石の発射装置や、石を作ったことがありますが、うまくゆきませんでした。究極的には、そうしたほうが沢山のジャンプを見られるとは思います。石のスピードも、今の私では時速87キロメートルが限界です。機械で100キロメートルを出すのは、ピッチングマシーンの開発業者なら可能なはずです。石についても専門家が作り、正確な水切り石の発射装置で実験を繰り返せば、はっきりしたことがわかり、記録も伸びるでしょう。善し悪しに関係なく、人は人を超える力を科学で実現してゆきます。いつか理想の水切りを実現するでしょう。それは発見の多いプロセスになるはずです。そこから新しい水切り遊びの展開が見えてくるかも知れません。
 今、一番の問題は、本気で水切り遊びを研究できる人が少ないということです。もう、地元の人にこだわらず発信してゆこうと思っています。たとえ、途中経過でもと思い、これを書き始めました。この中に書いてあることには間違いもあるかも知れません。私の気付かないこともあるでしょう。古くから世界中で楽しまれてきた遊びですが、蓄積の少ない水切り遊びです。それらを発展させてくれる若者が必要です。とりあえず、このトピックはこれで終わりますが、後は修正と追加をしてゆきます。誰かが水切り遊びをさらに研究し、遊びとしてもっと楽しいものにしてくれることを期待します。続く…
34. 水辺の利用について
【返信元】 33. 水切り遊びの注意点
2014年08月28日 06:45
 熊谷市内の広大な荒川河川敷は、50年程前は綺麗な石の河原でした。水も奇麗で、夏の荒川大橋の近くには、海水浴場のようなギャル集団の水着姿もありました。釣り場として魚影も濃く、種類も多く、子どもでもビクにいっぱいの釣果があったものです。釣った魚を母に誉められ、それは食卓に上りました。本当に豊かな川だったのです。
 また、荒川から網の目のように広がった用水には、様々な水性生物が生息し、私たちの生活に潤いを与えていました。春にはメダカ、夏にはホタル、カエルの大合唱。秋にはドジョウなど、川には季節感があり、生活に密着していました。子どもたちは川の体験を通し、自然について様々なことを学びました。
 支流は、高度成長時代から三面護岸となり、ただの水路になってゆきました。水質は悪化、生物も減少、川から子どもの姿が消え、いつしか身近な川が危険な構造になり、柵が作られ、川遊びは危いからやめましょうという看板が増えてゆきました。近年、コクチバスやブルーギルなど外来魚が持ち込まれて繁殖、在来種が餌食となり、危機的な状況で減少しています。個々の都合で川は知らないうちに変わってしまいます。
 また、荒川河川敷には、外来のシナダレスズメガヤという植物が増え、その深い根が砂利を固定し、そこに土がたまり、ススキ、アシなどが増殖、さらに土が増え、ニセアカシアや柳などの河川林が増えています。結果、水辺まで行ける道が少なくなりました。 また、熊谷市内の荒川は水辺と人を離す傾向も見られます。ゴミを捨てる人が多いことや野生動植物の保護という観点から、車が入れない場所が増えました。河原は荒れ、マムシが住み着き、立ち入り禁止の看板がさらに増えるという悪循環です。多くの川でも似たような状況はあるでしょうが、僅かな工夫を加える事で川は魅力ある空間に変われるような気がします。難しい問題もありますが、様々な取り組みも見られます。
 河川は人間にとってなくてはならない恩恵をもたらす一方、大規模な氾濫で人間の生存を脅かす存在でもありました。私の住む熊谷市には、新川村という川の恵みを上手に利用し、栄えた村がありました。荒川と向き合わなければ生活できないほど深く関わっていたようです。そこには川と上手に付き合うための多くの知恵がありました。しかし現在、身近な自然として川の価値は十分活かされているとは思えません。熊谷市の真ん中を流れる荒川の河川敷は、今では草が生い茂り、魚も少なく、魅力の少ないものになっています。身近な自然として魅力ある川にするにはどうしたら良いでしょうか。
 水資源としての価値は益々高まるでしょうが、地球全体の大きなテーマである「自然とどのように共生していくか」という課題に対する答えを見つけてゆく際、川は重要な基礎となるように思います。 続く…
33. 水切り遊びの注意点
【返信元】 32. 水切り遊びの今後
2014年08月27日 06:23
 水きり遊びにも危険はあります。川、海、池など、水辺そのものが危険な場合もあります。自然に慣れていない子も多く、大人の配慮が必要です。また、石を投げるのですから、誰かに当てないようにするため、数人で水きり遊びをする時は、2m以上離れて投げるなどの注意も必要です。投げた石が前の石に当って跳ね返ることもあります。前に石や人がいない事を確認して投げましょう。また、低い位置から投げようとして下の石に手を打ちつけて怪我をすることもあります。転ばないように足場を確認することも必要です。前に投げるつもりでも、とんでもない方向に石が飛んでしまう子や、危険に対する感性の不十分な子も見られます。みんなで注意しあい安全に楽しく遊びましょう。また、釣り人の近くで石を投げないなど、他の人への配慮も忘れないようにしましょう。
 石を投げても問題のない水辺は多くありません。眺めるだけの水辺も作られています。公園の池など、人工の水辺には石を投げてはいけない場合が多いでしょう。投げても良い石や、投げても問題のない場所は正しく判断しなければなりません。
 水切りは軽い石を投げられるため、肩の強い人ほど肩や肘を傷めることがあります。準備運動等をしっかり行ない、投げ過ぎに注意しましょう。続く…
32. 水切り遊びの今後
【返信元】 31. 遊びと自然体験
2014年08月26日 07:21
 あらゆるスポーツが競技になっているのは闘争本能に考慮した結果でしょう。ルールを定めることにより、社会的に許された差別化の制度とも言えます。自らの優秀性を発揮した感覚は、つかの間の幸福感をもたらします。ただ、日本古来のスポーツには道という哲学があります。自らを苦しめる心身をコントロールする修行という考え方です。
 水きり遊びは、人類が二本足で歩行するようになって始まった太古からの遊びではないかと想像します。多くの遊びは体系化され、スポーツとして、また、文化として現代に続いています。なぜ、水きりはそうならなかったのでしょうか?。
 近年のスポーツは勝負にこだわり、参加することに意義があると言われたオリンピックさえ経済活動の側面が目立ちます。スポーツマンシップも語られることは少なくなりました。ドーピングはスポーツの良き伝統が経済の力に破壊された証拠かも知れません。
 水きり遊びは、水辺の暇つぶしというイメージがあるように感じます。練習すればだれでも上手になれます。特別の才能も体力も必要ありません。基本的にジャンプの数が数えられないということもスポーツ化しにくい原因です。この遊びは競技性を少なくした方が良いのかも知れません。無邪気な遊びとして残ってきた水切りですが、爽快感、コミニュケーションの機会増大、ゲーム性などは、既存のスポーツにも負けません。
 熊谷水きり倶楽部はお手本を見せるだけで良いのです。子どもたちの見習う能力は凄いです。ただ見せるだけで、真似し、すぐに上達します。少しずつジャンプの回数が増える喜びもあります。上手にならなくても問題がないのも良いところです。
 遊んでいる中には様々な発見や、出会いがあります。コツを教えたり教えられたりしながら自然の不思議を共感することもできます。単純な遊びだからこそ、素朴な共感が生まれます。全ての価値は人が考え、見つけたものです。このまま遊びとしての価値を探し、楽しい水切り遊びを少しでも発信したいと思います。
 私達は偶然性を楽しみます。水切り遊びにはいつでも小さな奇跡が起こる希望があります。それは自然が味方をしてくれる水切り日和に起こります。それが見たくて私達は時代を超えて石を投げ続けるでしょう。
 何の道具も使わず、だだそこにあるものだけを使った水きり遊び。自然と人、すべてが調和したような美しい波紋も、やがて静かに消えてゆきます。流れはいつものように夕日を写してゆったりと流れます。この小さな自然のドラマは、私達に何ができ、何ができないかを象徴しています。そして、奇跡的に美しい波紋は、自分が世界に受け入れられているという証しだとは思えないでしょうか?。美しい波紋ができると自らの心の中に小さな拍手が起こります。人は石を投げるだけでも楽しむことができるのです。続く…
31. 遊びと自然体験
【返信元】 30. 学校で遊ぶだけの日
2014年08月25日 06:09
 数年前「ワクワク探検隊・川の生物を探そう」という地元の教育委員会主催の企画にガキ大将役で参加したことがあります。これは魚や水性昆虫などを捕まえ、遊びながら川の生物や環境などを体験的に学ぼうとするものです。参加者約50名で行われました。
 朝8時、網を持った子どもたちが、親と一緒に指定の河原に集まります。次々にやってくる子どもたちの中に虫取り網を持ってくる子が多いのに驚きました。虫取り網は直径約25㎝、長さ30㎝、細かい網目で水の抵抗が大きく、水中生物を捕獲するには適しません。親も子も魚取りをしたことがないことがわかります。また、立派な網を持ってくる親子もいます。そんな子の親は長靴を履き、子どもの着替えまで持参しています。
 魚取りが始まると、その差は歴然です。立派な網を持ってきた子は、いきなり深みに入り、次々に獲物を手にします。虫取り網の子は、どうしたら穫れるのかわからないのでじっと観察しています。それでも。本能的に子ども心をワクワクさせる状況です。やがて、みようみまねの頼りない手つきで、どんな所に魚がいるか良くわからないまま虫取り網を水に入れます。網を囲む細い針金は水の抵抗で曲がり、なさけない形になります。当然、何も穫れません。小学校の高学年ですから、昔の子どもなら魚取りの知識は常識でした。魚が穫れなくても別に問題はないでしょうが、私には興味深い光景です。
 昔と違い、今の子どもはガキ大将から学ぶ機会がなく、親の影響がそのまま現れているように思いました。かけがえのない宝石のような子ども時代が、大人になるための準備期間という面が強くなり、短期間で大人にされてしまうのかも知れません。
 さらに驚いたことがあります。友達同士で協力して魚を穫ろうとするアイデアが見られないことです。何人かで一緒に網の方に魚を追い、別の子どもが網を上げるという作戦です。場所にもよりますが、それぞれが勝手に魚を追うより合理的です。この企画は3年間行われましたが、それに気付く子どもたちは一組も現れませんでした。
 また、近所の用水に秋になると水がなくなり、たくさん魚が集まる場所があります。そこで10人ほどの子どもが魚を追っています。私はその様子を観察していました。子どもたちは、ただ網をやみくもに水に入れ、泥だらけになって魚を追うだけです。最も深いところに数個の網を置き、ゴミなどで魚の隠れ場所を作り、そこに追い込むとか、堰を作り、バケツなどで水を下流に流すとか、場所によって様々な方法があるのですが、気がつかないようで、何の工夫もありません。今の子どもたちは、自然より整備された公園などで遊ぶことが多く、手作りのおもちゃよりも合成樹脂製で派手な色のものを好みます。私たちの世代は、ほとんど自然の中で遊びながら育ちました。その中で、どうしたらもっと楽しく遊べるかをいつも考えていたように思います。私たちは遊びを通して自然を知り、想像力を働かせ、工夫しながら自然を学んでいたのです。
 子どもたちは遊びを通して生きる力を身につけます。生きる力とは本来、自然を知ることでした。人類は不便さと貧困に対しては知恵を蓄積してきました。しかし、文明化と豊かさに対してはまだ経験が足ません。そのため、文明化に対応する人の在り方については手探りではないでしょうか?。特に少年教育の対応は充分とは言えない状態です。遊びも商業主義に取り込まれ、子どもたちの自然な成長をゆがめる傾向も見られます。
 時代が急変しています。文明社会の青少年教育は、どんな理論と方法が必要なのか、その対応はまだ始まったばかりです。そんな中で、昔からの遊びが見直されています。これは、ほとんど道具を使わず、群れ遊びが中心で、自然の中で行われることが多いのが特徴です。遊びは、年齢の違う子どもが一緒に遊び、工夫され、独自の子ども文化を形成していました。小さな子は先輩を見習い、大きな子は小さな子を気づかい、いつしか一人前の子どもに成長してきたように思います。私達は、その中で仲間意識を育て、自らを守る知恵や優しさを感性として身に付けてきました。子どもの遊びをたわいのないものして見過ごすことはできません。本気で遊ぶからこそ、そこにドラマが生まれ、子どもたちの成長があるのではないでしょうか。教育をお金で買う時代ですが、五感と自然を頼りに、原始的とも思われる方法が見直されているのです。
 教え過ぎは問題です。人は間違いも教えます。大切な事は、子ども達が見覚えたり見習うことのできる機会と場をつくってやることだと思います。一つ一つの体験が、知識や知恵を生み出す種子になります。
 むりやり大人にせず、子ども時代を充分楽しく過ごし、無理なく大人なれるようにしてあげたいものです。
 間接的な情報や理屈で知識や技能を身につけさせることも必要ですが、現場で仲間と行動し、考え、気付き、感じることを欠いては、社会人としての十分な成長が望めません。少年がより健康でよりよい社会人に成長するためには、何人かで共に遊ぶことによって様々な心の変化を経験することが大切ではないでしょうか。共に遊ぶ体験を通し、子どもだちは友情を知り、自信を持ち、共感し合うことの喜びを知るのです。続く…
30. 学校で遊ぶだけの日
【返信元】 29. 水切り競技大会
2014年08月24日 06:18
 ある日、熊谷水きり倶楽部会員、小学6年のA君から思わぬ話がありました。自分たちの卒業記念に、一日だけ授業をしないで遊ぶ日を作るのだそうです。同級生が水切り遊びをしたいので一緒に遊んで欲しいというのです。なんという粋な学校行事でしょう。A君は水切りで何度もテレビに出ています。学校でもみんなが知っています。そこで、私とA君にコツを教えて欲しいというのです。学校は堤防のすぐ下です。水切りをした子も多いでしょう。もちろん喜んで引き受けました。
 水切り遊びを授業のようにすることもできますが、学校や子どもたちの意図はそうゆうことではないでしょう。どうしたら良いかA君と相談し、計画しました。
 当日、学校の前の河原にA君の同級生がやってきました。地域の昔遊びのイベントなどで顔見知りの子もいます。まずはA君と並び、石のスピードが無くてもたくさん跳ねるという見本を見せます。前日の練習通り、二人で息を合わせてそっと石を投げます。二つの石が仲良く並んで軽く10回以上跳ねます。みんなの反応は狙い通り、女子も断然やる気になります。
 少し練習した後。一人ずつ5回を目標に三回投げます。5回跳ねなかった子は少し離れた場所で私が特訓します。A君が失敗した子を私の方に送ります。私は前日用意した良い石を渡し、全員が5回の目標達成を目指します。コツがわかれば5回は確実です。
 最後は全員揃って一斉に石を投げます。「卒業を祝して、いちに~の~さん」A君のかけ声でたくさんの石が同時に投げられ、無数の波紋をきざみます。
 何週間かが過ぎ、学校から私へのプレゼントをA君が預かってきました。表紙には森川先生へと書かれています。国語の時間に私への手紙を書いたのだそうです。奇麗にケースに納められた手紙は、私の宝物になりました。そこにはみんなで一斉に投げた波紋の絵が描かれたものが多くありました。子どもたちの作文は見事に国語の授業でしたが、A君との計画は成功したようでした。水切りにも色々な技があるのに驚いたので、自分も何か新しい技を考えたいとか、水切りの不思議にも気付いたようでした。水切りも少しは役にたったかも知れません。私もA君も手紙から多くのことを学びました。続く…
29. 水切り競技大会
【返信元】 28. 水切りの科学
2014年08月23日 07:24
 アメリカのミシガン湖では、決められた重さと形状の素焼きの陶器をジャンプさせる完全にスポーツ化された大会があるそうです。また、スコットランドでは、水きりの距離を競う大会もあります。
 日本では、宮城県丸森町の全日本石投げ選手権大会があります。未就学児から75才以上の10部門で、出場者も多く、平成25年が15回目の大会です。この大会では熊谷水きり倶楽部は4名の優勝者を出しています。
 四国の高知県では、仁淀川国際水切り大会が行なわれ、平成25年が10回目です。また、北海道網走川でも、平成19年、網走川祭の中で石投げ水切り大会として第2回大会が開催されました。当地では、ある一定の上手な人に、水きり名人認定証を発行する不定期の大会を過去3回行っています。また、埼玉県の川では、県の主催で3度ほど行われ、私は審判兼水切り講師として関わっています。確かに水切り遊びは競技にすることで盛上がります。それで良いとも思うのですが、それにより、波紋を美しいと感じる気持や、自然の不思議に目が向くことが少なくならないようにしたいものです。続く…
28. 水切りの科学
【返信元】 27. 水切り遊びについて
2014年08月22日 06:15
 前にも書きましたが、水面を跳ねる石は、そのスピードに関係なく、水平から20度の角度で投げ込むと最も跳ねやすい。こんな研究成果を、仏リヨン大学の研究者チームらが、英科学誌ネイチャーに発表したそうです。
 しかし、日本の東京工業大学ではそれより以前から発表していて、20度とは言っていません。おそらくマスコミの勘違いで20度が最も多くジャンプする角度だということになってしまったものと思われます。むしろ、投げられた石には、自動的に最適な角度になろうとする力が働くと考える方が自然です。それは、その時の石とスピード、水面、空気の状態が決定します。これなら、なぜ石があんなにも綺麗なジャンプをするのか納得できます。「水切りの法則」がありそうです。確かにその角度は20度位になります。しかし、薄くて比重の重い石の場合、10度位で見事なジャンプをします。20度という石の角度は、最も跳ねやすい角度ということで、沢山のジャンプをする事とは別の事ではないかと思います。また、薄い石の場合、強く投げると20度では空気や水にあおられて浮き上がってしまいます。20度では水の抵抗も大きく、沢山のジャンプは望めません。これはアメリカの水きり名人も同じようなことを言っています。石の入水角度は単純ではありません。石の形や比重によっても違いますし、投げ出す位置から水面までの石の軌跡やスピードでも変わります。実際に石はスピードのあるときは角度が浅くなり、スピードが落ちてくると20度に近づいてくるのです。いずれにしても、水きり現象は途方もなく奥が深く、謎の多い現象です。
 東京工業大学では、CIP法にによる跳飛現象の数値シミュレーションという研究を図解と超高速度カメラの映像で紹介しています。
 実際に東工大を訪問する機会がありました。水切りの研究は、CIP法により、水切り現象をシュミレーションするためのデーターをとるもののようでした。そのデーターから作られたコンピューター画像は、見事に水切り現象を再現していて科学の力を実感しました。データーは船舶の構造設計などに大いに役立っているそうです。
 教授は、私の無遠慮な質問にも丁寧にこたえてくれました。石の入水角度など実験結果も私の実感と共通のものが少なくありませんでした。
 実験装置は、実際の水切りのように石を水に投げ入れることはできないものでした。完全に円に近くないと回転を付けて投げられない構造です。さらに、実際の水切りを再現するには、石は水面に対し斜め上から下に打ち付けられなくてはいけません。その際、回転も水面に対して斜にする必要があります。この斜め回転の石を自由に投げる装置を考えてみましたが、実に難しい装置になりそうです。石の重さや形、回転、角度を変え、しかも投げる強さを自由にコントロールし、正確に同じ事を再現できなければなりません。水面の状態をコントロールできる広いプールも必要です。モデル石も数多くの種類が必要です。人の体はまったく同じ事の再現はできませんが、水切り石を投げるのには最高の装置とも言えるかも知れません。
 フランスの物理学者、リデリック・ボッケという人が、水切り38回を繰り返す条件を連立方程式を立てて計算した結果、石の初速だけではなく、回転率が成功の鍵になり。いい回転を与えることで、水面にぶつかっても傾きにくくなり、縦になって沈まない。ボッケは、このとき石は時速50キロ以上で投げられ、毎秒14回転しつつ12メートル以上の距離を飛んだと推測しているそうです。
 石の回転も、時速50キロも無理なことではありません。以前にも書いた博士の次の言葉は重要です。「それよりあなたの感性で研究する方が早いのでは…」人の感性は、計算はできなくても的確だと言うことです。その通りだと思います。筋肉と自然が複雑に関係する水きり遊びは、科学の外にある意識とか感覚の係わる部分が大きいということです。実際に、投げる石や水面の状態などは計算できないほど複雑です。水面に接する石の形状にも、さらに複雑な作用があります。また、石を水面に投げ入れる初めの位置や角度も、投げ出される石の比重や形、スピード、投げ出す手の高さによって変わります。石の比重や形の違いによる水切り現象についての研究例は見当たりません。
 大切な事は、水きり遊びは単純に見えても固体、液体、気体の三つが相互に関係する複雑な流体現象だということです。水面と石、天候、そして投げる人が調和した時、奇跡のような波紋を見る事ができるのです。水きり遊びはネイチャーゲームです。自分と自然との調和を探し、それを楽しむ遊びです。力だけはありません。発見の積み重ねによって、小さな子どもでも、信じられない数のジャンプが可能なのです。続く…
27. 水切り遊びについて
【返信元】 26. 本来の自分
2014年08月21日 06:20
 水切り遊びは、石切りとも、石投げとも言われています。また、跳ね石遊びとか水面石飛ばしなど様々な呼び名があります。この遊びは、水と石のある所、世界中で行われているようです。世界の呼び名を調べてみると、その国の文化的背景が見えるような気がします。中国では「打水標」
ミャンマーでは「チャウッケーピエー」小石が走るという意味
フランスでは Ricochet [リッコシェー」間接的影響、波及の意味
英語で水切りを「ducks and drakes」アヒルの雄雌です。
また「skipping stone」という表現もあるようです。
ルーマニア「モーグ」波紋の意味
タイ「レンパーヒン」石を投げるという意味
 これらは、各国の地方の呼び名だったりして、確かではありませんが、何となく感じるものがあります。日本でも、前記したようにたくさんの呼び名があります。
 水切り遊びは、道具がいらないかわりに場所を選びます。石と静かな水面のあることが絶対条件ですから、限られた場所の小さな集団の中で楽しまれてきた遊びだということだと思います。呼び名が多い筈です。調べれば面白い発見があるかも知れません。
 昔は情報が少ないですが、水切り遊びは世界中で楽しまれてきた遊びのようです。たくさんの呼び名はそれを示しています。今では水切り遊びのできる川は少なくなり、多くの子どもたちにとって、とても贅沢な遊びになってしまったようです。
 人は空を飛べません、魚のように泳げません。馬のように走れません。でも、物を投げることは得意です。原始人にとって、この投てき能力は、やがて弓矢に発展し、多くの獲物を得ることができたでしょう、離れた地点に変化を生じさせることは自己の拡大を意味します。この快感は、その後の文明や精神にも大きく影響したはずです。
 世界水切り協会(International Stone Skipping Federation)という組織があり、そこで承認された世界記録は長い間38回のジャンプでした。2004年、Kurt Steinerという人が新記録40回を出し、ギネスで認定されました。さら2007年51回へと更新され、2013年に65回から88回へとKurt Steinerさんが更新しています。個人の実感では、プロ野球の下手投げ投手が本格的に練習すれば、まだまだ記録は伸びると思われます。
 おそらく、世界中で50を超えるジャンプはときどき出ている筈です。ただ、数え方については難しいところがあります。むしろ、ジャンプ数より、ニ度と同じ波紋のない、その美しさを楽しむべきでしょう。事実、意図的に少ない数を公式記録にしている団体もあります。素晴らしい配慮だと思います。
 長い間世界記録保持者だった、jerry colman mcghee氏は、選手権は水切り遊びを通俗化するただ一つの方法だが、私はその概念が好きになれなかったと自ら立ち上げた選手権を終えてしまったようです。私はただ水きり遊びで楽しみたかったと言っています。また、水きり遊びは、単なる芸術形式の一つであり、単なる美だとも言っています。私もそう思います。瞬間の自然現象に美を発見できることは、とても素敵なことだと思います。また、日本には日本水切り協会という会もあります。続く…

らに
26. 本来の自分
【返信元】 25. 憧れの子役タレント
2014年08月20日 07:40
 思いがけなくテレビに出るようになりましたが、初めの頃はカメラの前で緊張し、タレントさんの鋭いツッコミにもどう返していいのかわかりません。場の雰囲気も読めず、適切な返しができません。かなり凹んで帰ってきました。その時のスタッフになぜか1年ほど電話やメールなどを通じ、色々な事を教えてもらい、励まされました。
 テレビ出演で楽しいのは、若い才能に触れることができることです。編集作業などを通じ、番組が水切りに何を求めているのか見当がつきます。視聴者を楽しませるための編集は、水切り遊びで何ができ、何ができないかも教えてくれます。背伸びをしてもどうしようもないと知りました。ただ無邪気に遊んでいるのが良いようです。
 番組製作はきつい仕事です。朝の早くからやってきて暗くなるまで全力で働きます。必要なら靴やズボンが濡れても川に入ります。2月の荒川に撮影のためなら裸で入ります。徹夜で編集作業をし、朝の8時には熊谷に来ます。放送に写らない影の努力を知ると、こちらも自然に真剣になります。早めに収録を終え、スタッフと水切り遊びをするのが楽しみです。水切り遊びに本気で向き合う人は少なく、番組スタッフは貴重な遊び相手です。収録が終わると、ほとんどのスタッフは水切り遊びを始めます。カメラさんは重いカメラを担いでいるので体力があり、機敏で水切りが上手です。スタッフを水切り上手にするのは楽しい事です。こうして石と水を見ると水切り遊びをしたくなる水切り族が増え、どこかの水辺に小さな平和が生まれます。 
 テレビ番組の出演は50回を超えました。凄い技でもないのに、これほど続くのは不思議なことです。熊谷水きり倶楽部の誰もがこれを予測することはできませんでした。バブル経済全盛の頃なら水切り遊びが取り上げられることはなかったでしょう。経済や資源にも先が見え、環境問題にも明るい兆しは見えません。そんな閉息感のある時代です。ただそこにあるものだけを利用した素朴な遊びが人の心を和ませるということがあるのかも知れません。
 資本主義、自由経済の社会はのんびり暮すことを良しとしません。子ども時代から生き残りをかけた厳しい競争社会を教わり、社会を知るほどに恐怖心すら持ちながら育ちます。そこに何の役にも立たない水切り遊びを楽しむ熊谷水きり倶楽部というサークルがあることに何らかの意味を感じるということがあるのかも知れません。
 自分にないものを手に入れる努力を続けることは良いこととされています。誰もが自分の能力を高める努力を求められます。社会は勝利の喜び、向上、進歩を教えます。教育の本来の目的は何でしょう?。今や、変わらない日々を平和に生きる知恵や、敗者の生き方を教えることはタブーなのかも知れません。嫉妬や野心を持たず、贅沢を慎み、手に職を持ち、世間に迷惑をかけなければそれで良いという時代もあったのです。今やそのような態度は自ら学ぶしかないのかも知れません。そんな時代ですから、すでにある良いものを見つけるのは遅れ気味です。水に投げ入れた石が起こす水切りというありふれた現象ですが、それを楽しめることは、とてもラッキーなことだと感じます。人の行動の動機は、恐怖、欲望、愛、そして遊びだと思います。
 本来の自分とは何でしょうか?。私たちは色々な立場があります。親だったり。子だったり、あるときは先生でも、別のことでは生徒だったり、また、生き物だったり、物質だったり、それら全てが自分自身というほかありませんが、人も大きな関係性の中に存在します。田んぼの米も食べれば身になりますから、自分自身でもあります。
 究極の共感とは、あるがままの自分自身が、全てとつながっているという実感かも知れません。大きな宇宙の小さな波紋に、それを感じると言ったら笑いますか?。続く…
25. 憧れの子役タレント
【返信元】 24. 石投げ選手権大会
2014年08月19日 07:10
 何と言っても水切り遊びは子どもが似合います。あの子に水切り遊びをさせたら良い番組ができるだろうという子役さんがいました。その番組からは、水切りを始めたばかりの頃から問合せがありました。熊谷水きり倶楽部に子どもの水切り名人はいないかということでした。当時はいなかったので実現しませんでした。
 3度目の問合せには水切りの全日本大会で優勝した小学6年の会員がいましたので、番組は動き始めました。ところが、同じ子どもでありながらあまりに上手過ぎ、タレントの挑戦番組にならないということで、おじさんの私が対応することになってしまいました。その子ども会員は、何度かテレビに出るうちに自信と勇気の相乗効果で、理想の水切り少年に成長していました。ここで同世代のタレントと共演すればさらに成長できると期待したのです。
 おじさんの役目は、二人が水切りの世界記録に挑戦するためのコーチ役です。挑戦する子役さんは2名、なんと、憧れの子役タレントさんが入っています。
 その子は小学5年の女の子Jちゃん、とびきりの笑顔が魅力です。奇跡的な水切りに成功した時、おじさんの「スッゲー」に応えて振り返るとびきりの笑顔を電波に乗せたいと思っていたのです。これが水切りの楽しさを伝えるのに最適だからです。
 当時の世界記録は38回で、まんざら無理なことではありませんでしたが、5年生ではムリそうです。ただ、もう一人は6年生のA君、身長は私とあまり変わりません。体もしっかりしていて肩も強いです。可能性はありそうです。
 38回と言う記録はアメリカの方が長く保持していました。大きな体の40代です。記録の更新をしなかったのは、こうした場合を想像し、記録に挑戦する楽しみを多くの人に残すことを意図したものと思われます。水切りはジャンプの数だけでは充分にその魅力を伝えることはできません。38回は奇跡としてちょうど良い数なのです。 
 撮影は練習も含めて2日間。ここで世界記録が生まれれば大きな話題になるでしょう。何しろ小学生です。以前、プロ野球の下手投げ投手が挑戦した時には22回でした。あまりに肩が強いので水切りが難しくなってしまったのと、練習時間も半日しかありません。私の用意した石も重さが足りませんでした。前回の失敗を繰り返さないため、長い時間をかけて何種類かのタイプの石を用意しました。
 二人ともテレビで見ていたので知っていました。初めの日はおじさんとの出会いと練習の収録です。子どもと言えどもさすがにタレントです。カメラの前で何をすべきかわかっています。いつも思う事ですが、子どもの適応能力はすごいです。問題は投げる力です。さすがにJちゃんは慣れていません。3回がやっとです。A君は、初めから10回以上です。コツを教えるとすぐに20回を超えました。期待できます。Jちゃんもその日のうちに10回を超えるようになりました。子役さんは勘が良いので上達が早いです。
 次の日、記録に挑戦です。風のある時間を練習にあて、夕方の風の少ない時間に本番です。投げる回数は3回。交互に投げます。初めはA君。張り切って投げた石は24回のジャンプ。Jちゃんは緊張で失敗、1回も跳ねません。A君、次は22回。Jちゃん2回目も0回。Jちゃんは完全に緊張し、手首が固まってスナップが効きません。番組内でも泣いた事がないのに口惜しさで目に涙をいっぱい溜めています。それでもカメラのことは忘れません。まさか演技ではと疑いましたが、そうではなさそうです。A君3回目は20回。だんだん記録が落ちてきます。これまでかも知れません。
 Jちゃんは完全に自分をコントロールできなくなってしまいました。予想外の展開です。最高の石を投げていますから10回以上は跳ねるハズなのです。私はスタッフにタイムをかけました。みんなから離れ、二人だけで気分転換のミニ特訓です。番組スタッは困り果てています。「Jちゃん。テレビのことは忘れてやぶれかぶれで投げてみな、これは遊びだと思っていいんだよ」Jちゃん、涙を拭きながら「うん」良い石を渡すと以前のフォームが戻りました。10回ほど投げると自信と笑顔を取り戻し、現場に戻って収録再開です。夕日も傾き、カメラの絞りは開放です。大きく深呼吸し、やぶれかぶれで投げた石は理想の角度で適切な位置に入水。リストも効いて回転も充分です。奇蹟が起きました。石は細かくジャンプを刻み、26回。プロ野球の投手より多い数です「スッゲー」Jちゃんは思った通り最高の笑顔です。ディレクターさんはおじちゃんに抱きつき「森川さんありがと~う~」女の子は何故かいつも奇跡を起こします。最後は仲良く3人並び、夕日に向かって石を投げます。赤く染まった水面に、三つの石がきれいに並んで波紋を刻みます。うひょひょ♡ 続く…
24. 石投げ選手権大会
【返信元】 23. 奇蹟の水切り
2014年08月18日 07:55
 それから約1年が過ぎ、子役さん3回目の水切り遊びの企画です。今度は私も出場した全日本石投げ選手権大会への出場です。Eちゃんは、小学校低学年の部へ。S君とK君は、小学校高学年の部に挑戦。今回は三人の特訓です。みんな成長していますし、自動的に上手になっています。それでも番組制作側としては優勝者が欲しいところです。
 好奇心旺盛な3人は、全員優勝の力はありますが、まだ放送で一度も一番になったことのないK君を優勝させたいところです。実力はあるのに運がないのです。
 番組担当者は独立したばかりで真剣です。「誰かは優勝するでしょうね」私は自信を持っていました。一番の問題は、大会の様子を伝える番組の時間です。どうやって25分の番組内に収めるか私には想像できません。
 私は3人の練習メニューを作りました。3回投げて2勝した方が勝ちですから失敗をできるだけ少なくしなければいけません。それでも決勝戦に近くなると、上手な子がいますので、冒険もしなくてはなりません。
 K君は、加減して投げることができますので、失敗で負ける事はなさそうです。体が小さいので、体全体を使った大きなフォームを指導します。
 S君は、真面目で緊張することが予想されます。仲間と勝負するときは良いのですが、大会では特に心配です。意識的な投げ方で、フォームが身に付いていませんから。たくさん投げさせるしかありません。
 Eちゃんは勝ち気な性格で本番に強いです。他流試合ですから張り切るに違いありません。膝付きフォーム(別名ネコ投法)に磨きをかけるしかありません。石を投げるときに「ニャー」とかわいいかけ声でタイミングをとります。
 水切りおじさんは最高の石を拾い集めます。最後の練習日、勝負石を渡して最後のアドバイスを与えました。それは相手が投げるのをみて、勝てると思ったら力まないようにすることでした。このアドバイスは間違いであることを後から気付きました。
 平成16年10月30日、3人は大会会場の河原にテレビカメラを向けられて立っていました。「緊張するね」Eちゃんが言いました。この日私は応援に行きませんでした。行けば私を頼ります。いろいろ考えて行かない方が良いと判断しました。
 Eちゃんは小学低学年14名の中からトーナメントで勝ち上がり、決勝戦に進みます。相手は1年生の小さな男の子、この子はとても上手です。お父さんは優勝経験者です。かなり練習しているのが投げ方でわかります。10回位のジャンプを普通に出します。強敵です。でもEちゃんは18回を出した事もあり、当日も11回を出しています。充分優勝のチャンスはあります。しかし緊張して失敗してしまいました。それでも、見事に準優勝、敗れてもかわいい笑顔です。対戦相手の子は、まったく緊張がありません、淡々といつもの調子で投げています。勝ち気が災いしました。
 総じて、地元の子どもたちには緊張があまり感じられません。おおらかで、あまり勝負にこだわらないようです。「勝つと思うな思えば負けよ」です。
 K君とS君が出場する小学高学年の部は。21名の出場者です。S君は相手を気にしすぎ、フォームが安定しません。3回戦で敗退、私のアドバイスが災いしました。
 一度も失敗せず、順調に勝ち上がったK君には、やる気は見えても緊張は見られません。投げるたびにギャラリーから「オオー」と歓声が上がります。19回のきれいなジャンプを出しています。もともと自由な感性のK君は、大会前の練習で、体でコツをつかみました。私が知らない間に急に上手になっていたのです。小さな体をいっぱいに使い、無心で元気に投げられるようになりました。
 決勝戦の相手は女の子。手首のスナップを上手に利かせ、石の回転、入水角度ともに安定しています。でも、失敗しなければK君の優勝は動かないところです。K君最初の水切りは11回、対戦相手も負けずに11回。最後はK君実力の17回で見事優勝。駆け寄るS君とEちゃんの3人は、手を取り合って「スゴーイ」と飛び跳ね、喜びのダンスです。回りで見ている地元の子どもたちは、そのオーバーな表現にけげんな表情です。
 水切り大会を運営している方は、できるだけ勝負にこだわらないような運営をしています。部を多く作り、たくさんのヒーロー、ヒロインを出します。賞品も華美なものは避けています。オーデションを勝ち抜かなくてはならない子役さんとは違うのです。
 たかが水切り遊びでも本気で遊ぶことで何かが生まれます。この3人とは今でも年賀状をやりとりしています。ときどきドラマなどで見かけます。3人は熊谷水きり倶楽部の特別会員になっています。水切りのできる場所では投げないでいられないでしょう。続く…
23. 奇蹟の水切り
【返信元】 22. 子役さんとの出会い
2014年08月17日 05:44
 初めの優勝はS君の11回でした。半年後に二度目の対決が企画されました。新しい担当のディレクターさんもEちゃん優勝の計画です。本気のようです。事前に訪ねてきて私の家でたっぷり水切りについて勉強。次の日にはアシスタントまで来ました。
 計画としては、前回惨敗のEちゃんがリベンジのため、私を訪ねてくるという設定です。これは大変です。私も本気で計画を立てました。私としても水切り遊びの楽しさを伝えるのに一番年少の女の子が優勝するというのは、最高のストーリーです。
 水切りは力ずくではどうしようもありません。Eちゃん優勝もあり得るのです。撮影は3日間、Eちゃんの特訓は難しそうです。なによりEちゃんにピッタリの石をたくさん集めることが大切です。初めの日には千個近く投げたでしょうか。膝付きで投げるEちゃんの膝はあざで紫色になりましたが、肩や肘は翌日になっても少しも痛くないそうです。強く投げられないので肩の負担が少ないのです。半年の間に成長し、集中力も増し、かなり上達してきました。寝て起きるとそれだけで上達するという具合です。本気で遊んだだけなのにたくさんのことを覚えたのです。前回は5回が奇跡だったのに、8回は普通に出るようになりました。ときどき10回以上もあります。ところが他の子も上達しています。今回も難しそうです。でも、Eちゃんは「なんかこれ、勝てるかも知れない」とつぶやきます。スタッフのカメラと音声はその言葉を逃しません。私は何日もかけ、最高の石を集めました。K君は石の回転にこだわり、S君は石にこだわります。対戦の日、またまた絶好の水切り日和です。紅葉のきれいな山に囲まれたいつもの河原に3人が集結です。勝負は3回、目指すは対岸、一番数多く石が跳ねた子の優勝です。
 3人とも上達したので肉眼ではジャンプの数が確認できません。スーパースローカメラと、すぐに映像が見られる器機を積んだ車がスタンバイ。「よーし!おれからいく」いつもの景気の良いKくんの言葉で本番が始まります。いきなりの13回。本人も驚く上達です。もちろん私の持ってきた石は最高ですから当然の結果です。次は14回。またしても新記録です。最後は13回。K君は完全にコツをつかみました。
 次はS君。前回の優勝者、初めから勝負をかけたかまぼこ型の石、失敗で4回「うわあ」とばかり河原にへたりこみます。Eちゃんは「ちゃんと練習したの?」ときついお言葉。次はチャンピオンの意地で14回。最後は6回、男の子二人が14回で並びました。
 最後はEちゃん。石に祈りを込めて投げる膝付き投法、初めは8回、次は6回、「ア~ア」ため息のEちゃん。最後はなかなか投げません。最後の一投、水面ぎりぎりから投げられた石は、1メートル先に約10度で入水、ひよこの小走りのようなかわいい波紋が短い間隔で続きます。理想的な水切り!、奇跡が起きました。男の子たちは「うっそ~」口をあけてあぜんです。Eちゃん、口を押さえて駆け回ります。うひょひょひょ~笑いが止りません。ビデオで確認。な、何と18回!。「やった~あ」Eちゃん全身笑顔でさらに駆け回ります。当然スタッフも全員がうひょひょです。河原は不思議な感動につつまれました。Eちゃんの目に涙が光ります。最後は3人でEちゃんの優勝を祝して一斉に石を投げます。「水に踊る神秘」放送時のナレーションです。水切り遊びには奇跡が起こります。練習を通じて、Eちゃんには初めての奇跡でした。この放送は思った通り大きな反響がありました。涙が出た、感動したという女性の反応が多くありました。続く…
[ 1 2 3 ]