荒川の水切り遊びの「1. 水切り遊びのまとめ」
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1. 水切り遊びのまとめ
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2014年07月27日 12:10
 水切りという遊びがあります。石を水面で跳ねさせるあの遊びです。水切りのできる環境は少なくなりましたが、誰でも何度かは経験があるのではないでしょうか。静かな水面と石のある場所にいると、不思議と水面に石を投げたくなるのはなぜでしょう。
 なにも道具がいらず、だだそこにあるものだけを使った素朴な遊びです。石を水面に投げると、石は連続して跳ね、いくつもの波紋を残します。やがてその波紋は消え、川はいつものようにゆったりと流れます。ただそれだけのことです。
 水切り遊びは、人が二本足で立ち、手が自由になった時から始まった最古の遊び一つではないかと思います。古代人の一人が水面に石を投げ、連続して跳ねるのを発見したとき、水切り遊びは小さな文化になりました。誰かが「おおー」と声を出したかも知れません。「うひょひょ」と笑ったかも知れません。
 水切り遊びは、原始のまま続いてきた珍しい遊びです。いわば遊びのシーラカンス。科学が進歩した現代でも、水切り現象は充分に解明されていません。永遠に変わらないこの現象は、石がたくさんジャンプすると、なぜか不思議に嬉しい気持ちになります。
 私は、水切りに適した川の近くで生まれ、川を遊び場として育ちました。五十五歳を過ぎてから水切り遊びの面白さに気付き、改めて練習を始めたのです。
 水切りは、気体、液体、固体の様々な原理が相互に影響して起こる複雑な流体現象です。単純なようで奥が深く、次々に発見があり、面白くてやめられなくなりました。
 本来、子どもたちは遊びを通して成長します。子どもは遊ぶのが仕事だと言う言葉がありましたが、時代の急変で教育の目的も方法も混乱し、文明時代の教育はどうあるべきか試行錯誤が続いています。そんな中で昔からの遊びが見直されています。これは、ほとんど道具を使わず、群れ遊びが中心で、自然の中で行われることが多いのが特徴です。遊びは、年齢の違う子どもが一緒に遊び、工夫され、独自の子ども文化を形成していました。小さな子は先輩を見習い、大きな子は小さな子を気づかい、いつしか一人前の子どもに成長してきたように思います。私達は、その中で仲間意識を育て、自らを守る知恵や優しさを感性として身に付けてきました。子どもの遊びをたわいのないものとして見過ごすことはできません。遊びは子どもが積極的に行う経験です。それは実験、観察、発見を繰り返し、頭と体、双方の情報として記憶され、応用の利く生きた知識となるのです。
 水切り遊びは、自然環境が残された水辺で行われ、手軽に行える遊びで、子どもたちはこの遊びが好きです。水切り遊びを広める事は悪いことではなさそうです。文明は間違いも教えますが、自然を教師として身につける感性に間違いは少ないと思うからです。自然との絆、世代間の絆を取り戻すきっかけとして水切り遊びが役立つ事を願います。
 また、これは科学的に検証したものではなく、私の個人的な感想というようなものです。これに修正を加え、さらに発展させてくれる人が現れることを願っています。
 このトピックで、今まで水切り遊びについて考えたことや感じたことを書いてゆきますが、返信はこのトピックにはできない設定にしましたので、別のトピック「水切りのうひょひょな話し」か、メッセージとしていただけましたら、対応させていただきたいと思います。続く…

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2. 水切り遊を知っていますか
【返信元】 1. 水切り遊びのまとめ
2014年07月27日 13:03
 遠い水源の山から長い旅をして来た石は、水流に撫でられ、平たい石になりました。人はそれを拾い、水面に投げて楽しみます。投げられた石は生き物のように水面を跳ね、波紋を残します。良い条件で見る水切りの波紋は実に美しいものです。
 人は鳥のように飛べません。魚のように泳げません。馬のように走れません。でも、何かを投げるのは得意です。この投げる能力は自己の拡大を意味し、やがて弓矢へと発展したでしょう。そう考えると、この投げる能力が人類の文化や精神に与えた影響は小さくないと感じます。水切り遊びは離れた地点に変化を生じさせることに喜びを見いだした人類だけの遊びです。
 子どもに限らず、人は楽しい事が大好きです。全力で楽しい事を探します。そして、それが生きる力の本質だと思います。
 しかし、今では水切りのできる川も少なくなってしまいました。ダムができ、護岸された多くの川は石にヘドロが張り付き、川の生物も減少しています。水辺に立ち、水底の石や水の濁りを除いて見ましょう。昆虫や魚にも目を向けましょう。水辺には自然の不思議がいっぱいです。
 今、文明は自然から学び直そうとしています。水切り遊びは自然を見直す一つのきっかけになるかも知れません。川は都市の近くにあり、多くの自然が残っている貴重な場所でした。水辺は私たちのかけがえのない遊び場です。
 埼玉県熊谷市を流れる荒川は、私が子どもの頃の遊び場でした。そこには魚がたくさんいて、いつでも捕ることができました。水面の下の大物を想像し、釣り方などを工夫したものです。そこは私たちの夢や想像力を育み、感性を育てる場所でした。今そこに子どもの姿は稀です。
 すべての条件が揃った水切りは美しい波紋を残します。それに気付いたのは、水切りを始めて四十年も後のことになりました。本当にきれいな水切りの波紋を目にしたことがなかったのです。子ども時代は、ただ、たくさんのジャンプが見たいだけで石を投げていました。
 波紋は僅かの波で、水は透明です。波紋は光の屈折や反射を通じて見ることになります。また、水切りの美は波紋の動きの規則性にもあります。それらを見ることのできる最適な条件は多くありません。
 風や流れで波がある場合、美しい波紋は見られません。鏡のように静かな水面が美しい波紋を見る基本です。明るい空の映った水面に起る水切りの波紋は、光の屈折で水底の暗さや影を映し、黒い波紋を見ることができます。橋の下などで行うと、さらに黒さの際立った波紋を見ることができます。水が濁っている場合はうまく見えません。木などが映って黒くなった水面では、反対に光源を反影して白く光ります。高い位置から見ると本来の丸い波紋が見え、その広がりが良くわかります。いずれにしても、波紋は光の反射や屈折で何かをゆがめることで見えるのです。
 自分で投げた水切りの波紋は見る場所が限定されてしまいます。私が見た最も美しい波紋は、夕焼けで染まる雲を映した鏡のような水面にできた波紋です。波紋は、黒、赤、黄色、白、そして空の青とを歪め、何色もの丸い波紋になりました。規則正しく並んだ波紋は二十回を超えて水面を走ります。波紋は次々に広がり、先きに行くほど小さくなり、間隔が詰ります。何色もの波紋は生き物のようにうごめきながら円を描き、順番に従って広がり、順番に消え、やがて、川は何ごともなかったようにゆったりと流れます。この規則性と偶然の妙が水切りの美です。水切りに限らず、美しいことを美しいと感じる感性を次世代に伝えることは、大人の最も大切な仕事だと思います。
 初めは隠れるように練習していましたが、どうせ練習するなら、見てもらう方が楽しいと考え、ある時期から練習を橋の下で行うようになりました。そこには良い水面があり、橋の上を通る人に見てもらえます。ある日、橋を通りかかった高校生の集団に喝采を浴びました。子どもたちが異常に喜びます。「おじさんもう一回投げてよ、スゲー、きれい」と大喜びです。その時は気付きませんでしたが、夕焼けの雲が水面に映り、最高の条件が揃っていました。仲間と見る美しい自然現象には不思議な感動があるものです。
 水切りには意外な美しさもあります。水切り石が水面と接する時しぶきが上がります。それは投げられた石よりも速く、小さな水滴となり、激しく前面に飛び出します。そのスピードは異常に早く、現在の流体力学でも説明できないそうです。そのしぶきに虹が出るのです。もちろん太陽を背に投げなければなりません。石は大きめのものを使います。石が水面を跳ねた数だけの虹が連続して発生し、瞬時に消えます。また、夜光虫の海で水切りをすると不思議な波紋が見られると聞きました。ぜひ見たいものです
 さらに、石が水を切る時に出る音を楽しむこともできます。水面に接する部分に鋭利な凹凸のある大きめの石は、水面に接すると空気が入り、水を切る音を大きくします。石が笑っているような音がするので、天使の笑い声という名前をつけてくれた友人がいます。少しオーバーかも知れませんが、素敵な呼び名だと思います。
 また、水切りには色々な技があります。たとえばムカデ、海老、八艘飛びなどです。ムカデは石を真直ぐにジャンプさせること。海老は横にカーブさせてジャンプさせること。八艘飛びはジャンプさせた石を対岸まで飛ばす事です。名前からもわかるように、かなり昔からある技のようです。さらに、両手で投げたり、股の間から後ろに投げたり、寝転んで投げることもできます。高いジャンプをさせたり、小さな石を連続して投げたり、数個の石を一度に投げてジャンプさせることも可能です。また、ジャンプさせた石をバケツなどの目標物に当てるのも面白いでしょう。数人でチームを組み、様々な技を組み合わせた演技ができたらさらに楽しいはずです。このように、水切り遊びにはたくさんの楽しみ方があり、水辺の暇つぶしだけではない面もあるのです。それらを発見し、大いに楽しんでもらいたいと思います。また、新しい技を考えるのも楽しい事です。時々とんでもないことも思い付きます。その中に煙りを残してジャンプする「隕石」というのがあります。石に煙りの出る花火を貼り付け、火をつけて投げると煙りを出しながらジャンプします。それだけでも面白いのですが、石が沈んでからも水面からブクブク、モクモクと煙りが出てきます。それが間抜けな感じで実に面白いのです。でも、環境を大切にする水切り遊びにはふさわしくありません。これは封印です。もう一つは、キック投げです。足で石を挟み、回し蹴りのようにして投げるとジャンプさせることができます。かなり難しいですが、石は少し楕円形のものを使い、石の半分を挟み、遠心力で石に回転を与えます。しかし、この技も自然に対する感謝の気持ちが感じられません。これも封印です。
 水切り現象には謎が多く、現在でも大学などで研究されています。ときどき私にも問い合せがくることがあります。科学的な興味も尽きませんが、水切りは感性の遊びです。私たちは科学万能のような生活をしていますが、自然の不思議は科学的に開明しきれていません。それらの謎を私達は野生の知恵ともいうべき感性で理解します。謎の多い水切り現象ですが、繰り返し体験することで、私たちの感性はそれを理解するのです。続く…
3. 水切り事初め
【返信元】 2. 水切り遊を知っていますか
2014年07月28日 07:23
 私は長く写真を趣味としていました。草や昆虫、きのこなどを撮影していましたが、それは自然そのものへの興味へと移り、環境保護団体への入会へとつながりました。  
 私が55歳の時です。県の企画で、学年の違う子どもたちが公民館に一週間泊まり込み、そこから学校に通うという企画がありました。目的は、群れて遊ぶ事が少なくなった子どもたちが、共に暮らすことで、どんな効果があるかという、いわばガキ大将文化の再構築実験だと思われます。私はその企画に関わることになりました。環境保護団体に属していて川遊びの地図などを仲間と作っていたことから、川に詳しいということで、川遊びのガキ大将役を引き受けることになったのです。
 実際に遊んでみてわかったことは、子どもたちが川の遊びを知らないということです。擦ると赤い火花のでる石(石英)のことも、干上がった貯まり水の跡にどじょうなどが居ることも知らないのです。水切り遊びをしてみせると、10回位のジャンプなのに、ワーと歓声が上がるのには驚きました。男の子は「スゲー」女の子は「ウッソー」という具合です。昔はこの地域の子どもには当然の技だったのです。この技で私は子どもたちにガキ大将として認めてもらえました。「これは何かに使えそうだ」と直感しました。子どもと遊ぶのが好きな私は、これを契機にあらためて水きり遊びの練習を始めたのです。
私の住む地域には荒川という水切りに適した川があります。静かで広い水面や、石も多く、比較的安全です。稀に見る水切り遊びに適した川だということに気付くのに55年かかったことになります。あまり近すぎて気付かなかったのです。その宝とも思われる環境は十分に活用されているとは言えません。休日に河原で遊ぶ子どもの姿は稀にしか見られません。水辺の楽しさを知るきっかけに水切り遊びが役立のではないかと考えたのです。
 子どもたちと遊んでみて気付いたことがあります。たくさんの子どもたちと遊ぶ機会がなく、単純に子どもは昔と変わらないと思っていたのですが、そうではありませんでした。
 まず、物を上手に投げることのできない子がたくさんいます。拾った石を自分で投げないで「おじちゃん投げて」と抱えてくる子がいるのには驚きました。自分で投げるより効率的だと思ったのでしょうか?。さらに、小学高学年の女の子には投げようとしない子もいます。自分が上手に投げられないと思うのか、初めから「意味ないジャン」という感じです。また、拾った石をそのつど「この石はどう」と聞きにくる子もいます。年令のわりに危険に対する感性がおかしいと思う子もいます。小さな子はしかたないと思うのですが、隣の子との間隔をとらないで投げたり、岸から離れた位置から投げ、前の石に当たって跳ね返ったり、前に人がいるのに後ろから投げたりしています。「ちょっと待ったー」私は叫びます。たかが水切り遊びでもしっかり教えなければならないと痛感しました。それでもほとんどの子は嬉々として遊んでいます。本来、子どもは野性に近い感性なのです。
 子どもは私の周りに自然に集まります。こんな経験はないので、どうしたら良いのかわかりません。ガキ大将役も難しいものです。水切りについても、どう教えたら良いのかわからないこともありました。
 子どもたちとさよならをした後、早速インターネットで水切りについて調べてみましたが、情報はほとんどありませんでした。キャンプで水切りをして楽しかったとか、川遊びの一つとして紹介されているものしかありません。これはとても意外なことでした。 その後も色々と調べてみましたが、水きり遊びについての古い情報はほとんどありませんでした。これほど知られている遊びにもかかわらず、書籍も、歌も、昔話もほんの僅かしか見つかりません。川の流れや夜空の星に物語があるように、水きり遊びにも素敵な物語りがあると思っていましたが、不思議です。続く…
4. 水切り遊びの研究
【返信元】 3. 水切り事初め
2014年07月29日 05:29
 インターネットで情報を探していたある日、興味深い大学の研究が見つかりました。CIP法による跳飛現象の数値シュミレーションというものです。これは、水切り現象の流体力学的考察ですから、計算式の山です。最後に「概ね定性的な一致が見られるが、実験結果では波に3次元性がある点や、速度変化量にも違いが確認できている。これについては今後の3次元解析にて明らかにしたい」とありました。計算式はわかりませんが、発表されている写真と図解はわかりやすく、いくつかのことがわかりました。同時にこの研究は私個人では到底無理だと感じました。
 知り合いの工学博士に話してみたところ、これを計算するには、複雑なことなので、なるべく単純にして変数を少なくして求めるのだそうです。例えば水面は平面で、風は無くて、石の形状は円で…。というふうに。そうした中で変数を系統的に変えてゆき、現実的な条件を徐々に当てはめてゆくのだそうです。博士はこう続けました。「それより、あなたの感性で研究する方が良いのでは?…」人の感性は、計算はできなくても的確だと言う訳です。そのとおりかも知れません。沢山の筋肉と自然が複雑に関係する水切り現象は、感覚の係わる部分が大きいということです。つまり、水切り遊びのように複雑な現象は、科学で解明するより、遊びとして感性で理解する方が良いということでしょう。世界は複雑です。実際、すべてを科学的に理解することなど不可能です。考えてみれば、私たちは感性で理解し、判断していることの方が圧倒的に多いのです。
 水切りの研究で難しいのは、同じ石や水面を確保するのが困難ということです。まして、石をまったく同じに投げるのは至難の技です。石を投げる機械や大きなプールを作るのも経済的にも困難です。初めに練習しなければならないのは正確に投げることでした。
 正確に投げる練習を始めると次々に発見があり、ジャンプの回数も増えてゆきました。これほど面白いのに水切りの資料が少ないのが不思議でした。
 実技だけでなく、水切りについての様々な事柄も調べてゆきました。世界の水切り遊びについてや子どもの遊びについてなどです。呼び名については、水切りから、石切り、石投げ、跳ね石、水面石飛ばしが一般的なようでした。埼玉県の荒川水系だけでも10種の呼び方がありました。ちょんぎり、ちょんべ、ちょっきり、けんけん、ちょっぴん、みずくぐし、ちょうま、みずすまし、ちょうめん、そして水切りです。埼玉では、ちょんという、何かが軽く物に触れる様子を表した呼び名が多いようです。他県でも多くの呼び方がありました。沖縄では、地域に根ざした面白い呼び名もありました。跳びハゼをトントンミーというらしいのですが、その魚が干潟を跳ねる様子が水切りのようなので。水切りをトントンミーと言うのだそうです。
 いずれにしても、これほど呼び名が多いと言うことは、水切り遊びは限られた場所でしかできないため、特定の仲間だけの遊びになり、横のつながりがなかったという事だと思われます。文献も残らない筈です。そして、道具も必要ありませんから何も残りません。石は水底に沈み、どんなに美しい波紋もすぐに消えてしまいます。 続く…
5. 石との出会い
【返信元】 4. 水切り遊びの研究
2014年07月30日 06:43
 水切りは石を探すことから始まります。石を見つけるのも水切り遊びの楽しみの一つです。石は宇宙的な歴史を持ち、長く水流に侵食され、水切り石になりました。自分に合った最高の石と出会うことで奇跡の水切りは生まれます。どんな石が良いかは最も難しい問題です。平たくて丸い石が良い事は誰でもわかりますが、それだけではないのです。
 私も長いこと、平たくて丸い石以上のことは考えませんでした。本気で水切り遊びを始め、最初に考えたのがこのことなのですが、いまだに結論が出せません。それでも少しづつですが、いくつかの事がわかってきました。
 水切り遊びには、そのコツを見つける楽しさがあります。私が水切りを続けてこられたのはそれを発見する楽しみがあったからです。子どもたちに水切りを教え始めた頃は、コツを全て教えていました。それではいけないと思い、今ではできるだけ自ら気付くように誘導しています。自分の肩の強さによって、最適な石の比重や形が違うことから、それぞれの水切りに個性が生まれます。この石との出会いは水切り遊びの中心になるものです。
 石には様々な形と重さがありますが、投げる人によって、理想的な石の大きさと形が変わります。強く投げることのできない子どもや女性には、薄くて比重の軽い石が適していますが、強く投げる場合は難しくなります。石のスピードがあると、あるていどの重さがない石は、入水角度の関係で空気にあおられ、多くの場合、遠くまで飛び過ぎ、斜に入水してしまいます。ここが水切り遊びの面白いところです。プロ野球の一流投手より、小学生の女の子の方が数多く跳ねたりするのです。水切り遊びでは、肩の強さを生かすのがとても難しいのです。風や波がある場合は大きな石が有利ですが、静かな水面では、ある程度の力さえあれば小学生でも大人に負けない水切りが可能です。他の球技とは違い、自由に石を選べる水切り遊びです。自分にピッタリ合った石を投げることが大切なのです。
 小さいお子さんの場合、比重の軽い石は跳ね上がりやすく、ジャンプしやすくなるのですが、早く勢いがなくなり、たくさんのジャンプは望めません。肩の強い人は、比重の重い結晶片岩やチャートと呼ばれる石などが良いでしょう。比重の重い分だけ抵抗に負けないので距離が伸び、ジャンプの回数も多くなります。完璧で欠点のない自分にピッタリの石は稀にしか見つかりません。その石を投げる時は緊張します。一度投げたら二度と会えないからです。石を見つける時から水切り遊びのドラマは始まっているのです。
 石選びが水切り遊びの極意です。石によって波紋の表情も違います。大人の迫力ある波紋より、小さな子どものヒヨコの小走りのような波紋が何倍も素敵だったりするのです。続く…
6. 石の形と比重について
【返信元】 5. 石との出会い
2014年07月31日 06:32
 下の写真をご覧下さい。形で大きく分けると次の3種類になります。
  ①は超薄型。比重の軽い石です。投げる力の弱い子どもや女性に向いています。空気の抵抗も少なく、距離は出ませんが、細かいジャンプをします。スピードあると表面張力で水に張り付くこともあり、空気の影響も大きく。投げるのが難しく、失敗も多くなります。。
 ②はかまぼこ型、下が平らで上が盛り上がっています。これは投げる力の強い人が上手に投げ込むと奇跡的な数のジャンプになる可能性のある石です。比重が重ければさらに良いでしょう。重さがあると、抵抗に負けません。下が平らなので水の抵抗も少なく、距離が伸び、滑るように細かいジャンプを繰り返します。ただし、波がある場合など、失敗する可能性も高い石です。また、入水角度は左右にも正確に投げ込まないと跳ねずに横滑りしたり、上の角度の関係で小さな波でも水中に吸い込まれることもあります。
 ③は凸レンズ型、この形の石は多く、初心者に最適です。波にも強く、最も規則的で美しいジャンプをします。水面に接する部分のカーブが入水角度に幅をもたせ、水との衝撃を和らげ、石の水離れも良くし、安定したジャンプになるようです。
 石の形と比重、水の作用は単純ではありません。セメントや粘土で色々な形のものを作って実験してみましたが、石も水面も同じものはありませんし、投げ方も同じにはできません。どうしても例外的なことがあって確定できないのです。これを本格的に実験するにはさまざまな石をスピードや角度、回転数、入水角度を変えて正確に投げることのできる装置が必要です。また、水面を自由にコントロールできる大きなプールも必要です。さらにいえば、風などの天候も大いに関係しています。むしろ、この偶然性と不確実性が水切り遊びの楽しさなのだと思います
 それでも、前に書いたこと以外にも、いくつかのことがわかってきました。水面に接する部分が少し凹んだ石や、小さな凹凸や、僅かな波形の歪みのある石が異常に多くジャンプすることがあります。これは比重の重い石に現われます。水面に触れる部分の凹凸の深さや形状については謎ですが、石と水面の間に空気が入り、気泡が生じ、それが水と石の摩擦や表面張力、衝撃力、水離れ等にクッションとして作用し、結果に影響しているようです。
 石の比重と形の関係はとても難しい問題です。投げるスピードによって最適な石の比重が変わるからです。投げる力が弱い場合、石が重いと一回もジャンプすることができませんが、素焼きの陶器のように比重が軽く、薄ければジャンプします。反対にスピードがある場合、重さがないと空気の影響が大きくなり、水切りはとても難しくなってしまいます。また、比重の軽い石の方が波紋の間隔が狭くなる傾向もあります。
 実際に金属で作った理想的な形の水切り石を投げてみました。ところが、僅かな入水角度の違いや波の影響を受けやすく、予想外の結果でした。おそらく、水面に接する部分が平らで金属の比重が極端に重いため、水との衝撃が強くなり過ぎるのかも知れません。どこかに比重の限界もありそうです。ここも水切り現象の謎の一つです。逆にコツがわかってくると、今度は石に合わせた投げ方もできるようになるものです。通常、球に近い石はジャンプしませんが、少しでも平たければジャンプします。上から見た形が円でなく三角形であっても水面に触れる部分が良ければ、円と同じようなジャンプも可能です。極端に楕円形の石や回転の中心軸が片寄っている石はうまくゆきません。
 ジャンプの数は、風、波、投げる力など様々な要素で変わります。当日の状況や自分の力に合った石を選ぶことが重要なのです。
 練習は、良い石を使うことでコツが見つけやすくなります。時間をかけて良い石を探しましょう。また、上達するためには、石や水面を良く観察し、体に神経を集中して良い投げ方を見つけましょう。水切り遊びは、自然と自分の調和を探す遊びです。幼児の考察力を鍛えます。続く…
7. 作られた水切り石
【返信元】 6. 石の形と比重について
2014年08月01日 06:07
 理想的な水切り石は稀にしかに見つかりません。7年間探してもこれ以上はないと思うような理想的な水切り石は3個しか見つかりませんでした。もったいなくて投げられません。
 最近、テレビ番組の制作者が水切り石を作ってくることが多くなりました。大学教授にお願いしたり、私が設計図を書いたこともあります。世界記録を超える水切りの映像が欲しいのは理解できますが、かなり難しい課題です。過去4回ほど作りましたが、すべてうまくゆきませんでした。石を作るのは石屋さんですし、どうしても水切り石の微妙な形や比重のことなどはよく伝わりません。実際、私も人工の水切り石については深く考えていませんでした。なぜか、自然石がたくさん跳ねるのです。これには何か理由があるはずです。
 基本的に石屋さんでつくる石は、下の写真のように表面がツルツルで真っ平ら、完全な円です。ところが、これらの石はなぜか良く跳ねないのです。実際に投げて検証してみました。
 (1)は直径98ミリ、厚さ6ミリ、材質は御影石、かなり大型です。御影石は思ったより比重が軽く、それだけでも私の理想から離れています。まして大き過ぎるため、石に回転をかけるのが難しくなります。また表面がツルツルで平らです。水離れが悪く、僅かな角度の違いで水の粘着性の影響を受けやすく、不規則な動きをします。水面に接する角に丸みもありません。角の丸みは石の姿勢を安定させる働きがあるようです。
 (2)は金属の真鍮です。テレビ番組の実験で、ゴムの弾力を利用した発射装置を使い、14回跳ねています。形、大きさ、重さ等、私の手になじみ、完璧だと感じました。ワクワクして投げてみると予想外の結果です。小さな波の影響を受けやすく、安定したジャンプになりません。重くてツルツルなので水との衝撃が強くなりすぎるようです。比重が重い場合、回転数とスピードを上げる事ができれば、結果は変るかも知れません。
 (3)は私の指示で作りました。直径85ミリ、厚さ15ミリ、上部の中心部が盛り上がり、角にも丸みがあります、石の名前はわかりませんが、比重が重過ぎ、それが原因で理想からずれてしまいました。御影石の比重を基準に大きさを決めたのが失敗でした。
 ④は御影石、直径65ミリ、厚さ12ミリ、形は③にほぼ同じですが、小ぶりです。水に触れる下の部分に小さな凹凸を付けました。その凹凸が鋭角で深く、1ミリ近くもあり。それが水の抵抗となり、石のスピードを上げると上向きの角度を維持できないようでした。凹凸の深さや形状は石の比重や形、スピードで変えなければならないようです。
 理想の水切り石は、やはり自分の手で作らなければ微妙なところが思ったようにはなりません。また、(1)~(4)の石は、私の投げ方が基準になっていますので、様々な投げ方が正確にできる水切り石の発射装置と波や風のないプールがあれば結果は違うのかも知れません。
 良く跳ねる自然石には人工物にない別の要素があるようです。ここでその要素について考えてみましょう。下の写真をご覧下さい。私が巡り会った石で、形、比重とも理想に近い自然石です。
 自然石の特徴はいくつかありますが、まず全体に丸みをおびていることです、人工石と違い、鋭い角はなく、水面に触れる部分は平らでも、ツルツルではなく、僅かな凹凸があり、それも鋭角ではありません。角の部分もカーブしています。このあたりにヒントがあるような気がします。滑らかな自然石のジャンプは、この滑らかさによるのかも知れません。
 水に接する面がツルツルな場合と、小さな凹凸がある場合とでは水との衝撃が違います。ツルツルで平らだと、水の逃げ場が少なく、衝撃は強くなります。それは水から石が離れるときにも影響するようです。小さな凹凸があると気泡が生じ、それがクッションとなり、水との抵抗を減らし、石の水離れを良くするのかも知れません。小さな凹凸や曲面が、思いのほか安定して跳ねる理由だと考えられます。また、石のスピードは、石が跳ねるときの原理を少し変えてしまうような気もしています。
 石が水から離れる時の原理は重要だと思うのですが、研究例は見つかりません。また、石の形は入水角度に影響します。下の図をご覧ください。石は上向きの角度で入水させなければなりませんが、先に水面に接する後部に水との抵抗が生じ、先の部分が少し下がり、石の角度は浅くなります。これが石により入水角度を変えなければならない理由の一つです。水面に接する部分が平らな場合は浅く、丸い場合は少し角度を深くします。また、凸レンズ状の石は入水角度が少し悪くてもそれをカバーすることができる形状で、水離れも良く、失敗が少なくなります。もう一つは石の厚さと重さです。薄くて軽い石ほど角度を浅くしなければなりません。投げる人の肩の強さにより、最適な石の形は変わりますからスピードがわからないと理想の水切り石は作れないのです。
 様々な比重で形の違う石を作るのは手間もかかり、難しくなります。そのあたりもうまくゆかない原因でしょう。それより自然石を探した方がお金もかかりませんし、見つけた時の喜びも大きく、昔からそうしているせいか、自然石の偶然性に価値があるように感じるのは私だけでしょうか?。結局、自然石はそのままで良く跳ねる条件を備えているとも言えるようです。人知を超えた何かがあるのかも知れません。続く…
8. 石を探す
【返信元】 7. 作られた水切り石
2014年08月02日 06:25
 平たい石の集まりやすい場所があります。急な流れの前や、大きさの適当な石が集まっている場所を見て下さい。流れが早いと平たい石も流されます。少し緩くなると平たい石は水の抵抗が弱まり、川底に沈みます。丸みを帯びた石はさらに下流に流されやすく、一定の場所に平たい石が残るのではないかと推測できます。水量が多い時の流れを読み、効率的に石を探しましょう。また、下流から上流に向かって見つけると、石の厚さがわかりやすい角度で落ちていることが多く、見つけやすいものです。いつも石を見つけていると、不思議にたくさんの石が見つかるようになります。超能力かと思われるほど、適当な石が向うから目に飛び込んで来ます。人には不思議な能力があることにも気付くでしょう。
 ある水切り番組のロケで石が足りなくなりました。現場の責任者がアシスタントに石を拾って来るように指示します。十五分で百個、無理な注文です。投げるのはプロ野球の投手ですから、良い石でなければ練習にもなりません。私たちは必死に探しました。五分位探した時、アシトタントの石を見たら数も少なく、良い石ではありません。「こうゆうのを探してください」と私の拾った石を見せたところ「どうしてそんないっぱいに見つけられるんですか」と驚きの表情です。この時、自分が石を探す能力が高まっていることに初めて気付きました。私はアシスタントの二倍以上の数の良い石を見つけていたのです。
 前に述べたように、短い時間で水切りが上手になるためには、良い石で練習することが大切です。薄くて良い石ほど、投げるのが難しく、良い石を正確に入水させることができれば、そして自然を味方にできれば、奇跡の波紋を見ることになります。また、投げることに馴れていない人が投げ方を覚えるためには少し重い石を投げるのも効果的です。重い方が体に負荷がかかるので、体が良い投げ方を見つけやすくなります。続く…
9. 水面について
【返信元】 8. 石を探す
2014年08月03日 06:19
 どんなに良い石でも、水面が波立っていては美しい波紋を見ることはできません。石の水面に対する角度が安定せず、波紋も良く見えません。石は何度かジャンプするうちに最もジャンプしやすい角度を自ら選ぶようなのですが、それを阻害するのが波です。下の図をご覧下さい。波と石の位置により、水面に対する石の角度が変わってしまいます。石の入水角度については後で詳しく触れたいと思います。
 また、波があると波紋も綺麗に広がりません。水は形を定めず変幻自在で不思議なものです。そこに水切り遊びの偶然性があり、水切り遊びを楽しいものにしています。そのため、人の指紋のように、同じ波紋はまったくありません。
 一番の問題は風です。広くて水深のある場所では、風下に行くほど波が大きく育ちます。風上なら小さな波ですから水切りを楽しめます。流れのある場所や浅い水深の場合も波は育ちにくくなります。風の強さにより、最も波が出にくくなる流れの早さがあります。遠くから見てもわかりますから、その場所を選びましょう。また、雨が降っていても波は育ちにくくなります。雨粒の小さな波紋が、風によって波が大きく育つのを防いでくれるからです。小さな雨粒で艶消し状態になった水面の波紋は、別の趣があって楽しいものです。天候や場所を選び、波の少ない水面で水切り遊びを楽しみましょう。続く…
10. 石の持ち方
【返信元】 9. 水面について
2014年08月04日 06:35
 石は次の写真のように、親指と曲げた中指で軽く挟み、尖った部分に人指し指の第一関節をからめるようにし、指が曲がるように持ちます。これは石を投げた時、石に回転をつけるために重要です。また、深く持ち過ぎてもいけません。投げる時に手首のスナップが効くよう、石を僅かでも先きの方に持ちましょう。ただし、前に出し過ぎてつまむようになってはいけません。石の回転が少なくなり、石は蝶のようにヒラヒラと飛び、入水角度が安定しません。
 石の大きさや重さは、自分の手の大きさや投げる力によって選びましょう。通常、自分の人指し指の長さと同じ位の直径の石が持ちやすくベストです。初心者は、小指の長さで、軽めの石が良いでしょう。自分にピッタリの石を投げることで、奇跡の波紋は生まれます。石が大きすぎる場合、重いだけでなく、石を回転させることが難しくなります。その場合、中指を使う方法もあります。中指は長いので大きな石が持ちやすくなり、うまく回転させることができます。また、石は手にピッタリ馴染むように力を入れないで軽く持つことも大切です。小さな石や形の違う石を投げる場合、また、投げ方に癖のある場合、僅かに斜めに持つなど、持ち方を変えることでうまくゆくこともあります。基本は同じですからいろいろ工夫してみましょう。続く…
11. 石の投げ方
【返信元】 10. 石の持ち方
2014年08月05日 06:08
 石は低い位置から正確に投げましょう。多くの場合、野球などで投げることに馴れている人は、下手投げで投げると良いでしょう。ただ、水切り遊びは野球などの球技とは違い、投げる石の大きさや比重、形を選べます。そこに工夫の余地があり、力だけはない面白さがあるのです。 人は鳥のように飛べません。馬のように走れません。魚のようにも泳げません。でも、何かを投げるのは、意識的なところも必要な運動で、人間の得意技です。自分の体に神経を集中し、合理的で美しい投げ方を見つけましょう。
 石を低くから投げるため、膝を付いて投げることができます。これは力のない女の子などに適しています。普通の投げ方よりかなり低くから投げられるため、力のロスが少なく、自分の近くに石を入水させることができるなど有効な投げ方です。この投げ方は、膝を付いているので自然に対する態度として形も良く、私の好きな投げ方です。何より有効なのが、石の入水角度が調整しやすく、石を近くに入水させることができるうえ、波紋の間隔も短くなり、距離の割にたくさんの波紋を出すことができます。
 立ち投げは、全身を使えるのでスピードのある石を投げられます。ただ、投げる位置が高くなるので力のロスも多く、正確に投げるのが膝付きよりも難しくなります。
 投げ方のコツとしてはいずれの場合でも、写真のようにバックスイングを大きくとることです。これは石にスピードを与え、良い角度で入水させるのに効果的です。
 平たい石は回転によるジャイロ効果、角運動量、引力、空気抵抗の関係で、遠くまで飛んで行く間に縦になろうとする傾向があります。後で詳しく書きますが、肩が強い人は必ず経験する事です。これを克服するために、バックスイングを大きくとることが重要になるのです。 また、立った状態から膝付きに移行するフォームもあります。難しいですが、水切りには最も合理的でしょう。
 水切りは、投げる石のスピードを上げれば単純にジャンプの数が増えるというものではありません。石のスピードを上げても、空気の抵抗、引力、水の表面張力、摩擦などが複雑に関係し、どこかに水切りジャンプの限界があるような気がします。続く…
12. 石の入水角度
【返信元】 11. 石の投げ方
2014年08月06日 07:18
 水面を跳ねる水切り石は、そのスピードに関係なく水平から20度の角度で投げ込むと最も跳ねやすい。こんな研究成果を、仏リヨン大学の研究者チームが、イギリスの科学誌ネイチャーに発表したそうです。
 私の実感では、石の形や比重、手から水面までの石の軌跡によっても最適な石の入水角度は変わります。それができないと失敗が多くなってしまいます。むしろ、投げられた石は、何度か跳ねるうちに自動的に最適な角度になろうとする力が働くと考える方が自然です。それは、その時の石のスピード、水面、空気の状態が決定します。これなら、なぜ石があんなにも綺麗ジャンプをするのか納得できます。その角度は10度~20度位のようです。しかし、スピードのある平たい石では、20度だと空気にあおられて浮き上がる現象が見られます。大学で研究しているのは実際の水きり遊びではなく、ある条件で最も跳ねやすい角度ということではないでしょうか。それをマスコミが誤解して報道したものと思われます。
 実際の水きりはあまりに複雑な現象です。石も水面も投げる人の筋肉運動も同じことの再現は困難です。実際に石の入水角度は、薄い石では5度位でも良いのです。石の角度は比重や形、投げ出す位置、スピードなどにより変化します。これは、水と空気が石のスピードや形により固さを変えて振る舞うことと関係しているようです。これが入水角度を複雑にしています。細かい事は謎だらけですが、人の感性はそれを感じ取り、筋肉運動として修正できます。それらを自分で発見しましょう。
 石を水面に投げた時の軌跡を下図に示しました。低い位置から投げるのが良いことがわかると思います。特に投げる力の弱い場合は、低い位置から投げないとジャンプさせることができません。高い位置から近くに投げ入れると前に進む力が弱まります。遠くに投げれば良いのですが、今度は山なりの軌跡になり、同じことになります。膝付きフォームは小さな子でもたくさんジャンプさせることができるのです。
 投げる場所が水面からどれくらいの高さかによって石を投げ入れる位置は変わってきます。いずれにしても水面に近い位置から投げることが基本です。
 水切り石の入水角度は、スピードが早いため、目で確認することは困難です。その判断は、初めのジャンプで見るしかありません。入水した時の水しぶきが多い場合は、入水角度が適当でない証拠で、急激にスピードがなくなります。少しでも先から着水すると、石は高く跳ね、石の運動エネルギーは上下運動が大きくなり、跳ねる回数が少なくなります。水しぶきが少なく、細かい間隔で滑るように跳ねる場合が、距離も回数も伸び、適切な角度で入水したことがわかるでしょう。ただし、水面や石の形でどうしても例外があります。ここが難しいのですが、この判断を適切にするために、石や水面を良く観察し、自然そのものをしっかりと感じながら練習することが大切です。
 また、入水位置により石の入水角度も微妙に変わります。近いほど角度を大きくしないと高く跳ねる傾向があります。それは石の後部が水に触れた時にブレーキがかかり、石の角度が変わる力が働くためと思われます。これは石のスピード、比重、形でも変わります。
 石の入水位置と角度をコントロールすることは難しいことです。投げる石がすべて違うからです。薄くて軽い石を、重い石と同じように投げると、薄い石は空気にあおられて遠くまで飛んでいってしまいます。石の投げ方で前記したように、スピードのある薄い石の場合、空気の抵抗で石が縦になる傾向がありますので、これも克服しなければなりません。ここが水切り遊びの最も難しいところです。
 初心者には膝付きのフォームをお勧めします。低くから投げられ、入水位置を近くにすることができる上、石をコンロールしやすく、水切りのコツがわかりやすいという利点があるからです。軽めの石を正確に投げ、石や水面を良く観察してみましょう。石のスピードや形により、適切な入水角度が違うことがわかるでしょう。
 水面に接する石の形状によっても、石の入水角度を変えなければなりません。丸みをおびているレンズ型の石と、平らな石とでは、入水時の衝撃が違います。平らな石では、水の逃げ場が少なく、丸みがあるほど、水は逃げやすくなるため、平らで軽い石ほど角度を浅く、重くて丸みがあるほど入水角度を大きめにする必要があります。
 下の図はレンズ型の場合の一回目のジャンプです。石の角度は、何回も跳ねるうちに自動的に最適な角度になってゆきます。スピードのあるときは浅く、スピードが遅くなると角度は深くなります。続く…
13. 石の回転 風と水の流れ
【返信元】 12. 石の入水角度
2014年08月07日 05:28
 石の回転は重要です。水面と石の角度をジャイロ効果で安定させことができるからです。コマが安定して回る原理です。回転が少ないと、僅かな波や石の小さな凹凸で水面に触れる度に揺れてしまいます。そのため、石は無駄にエネルギーを失い、勢いがなくなってしまいます。手首をきかせて回転の強い石を投げましょう。石の回転にはジャイロ効果だけでなく、角運動量という原理も働いています。これが遠くまで石を飛ばすと縦になることと関係しているようです。回転しながら飛んで行く石には空気抵抗があり、やがて引力で落ちて行きます。その時、縦になった方が空気抵抗は少なくなります。また、お尻から入水させるために上向きの角度も付いていますから普通に下手投げで投げると、上の図のような動きをする場合が多くなります。これはブーメランの原理にも似ています。縦に入水したのではジャンプできせん。これが肩の強い人に多い失敗のパターンです。この現象は、石のスピードが早いほど、石が薄くて軽いほど顕著です。また、ジャンプした後、次の波紋までの距離が長い場合にも起きることがあります。回転する石には不思議な性質があります。自然の原理を見極め、それに従うしかありません。機械を使った水切りを見たことがあります。石の回転は人では不可能な凄い回転数で、石の姿勢は信じられないほど安定していました。
 向い風は水きりを最も難しくします。美しい波紋を見るには、無風状態が良いのですが、ジャンプ数を多くするだけなら、さらに良い状態があります。風と水が同じ方向に同じ早さでゆったりと流れているときです。その場合、風があっても波が少なく、水と石、空気の抵抗は最も少なくなります。さらに小粒の雨が降っているとベストです。雨の小さな波紋は風で波が大きく育つのを妨ぎます。また、上流の方が下流より水面が高い事も有利です。その状態で、川上から石を投げると驚く程遠くまで飛びます。いつもより薄い石を使い、入水角度を浅くし、石を僅かに回転方向に傾けると、水に触れる部分が少なくなり、初めの波紋の間隔が短くなります。傾け過ぎると石は横滑りして跳ねない場合もあります。いずれにしても、自然を味方しなければ奇蹟の水切りを見る事はできません。大平洋側に低気圧が停滞し、埼玉県に小さめの高気圧があるような日が、地元荒川では風が少なく絶好の水切り日和です。小さな波紋も地球規模の天候とかかわりがあるということです。水切りは自然と人が調和したときに現われる瞬間の自然現象です。それを美しいと感じ、楽しめることはとてもラッキーな事だと思います。続く…
14. 水切り名人を求めて
【返信元】 13. 石の回転 風と水の流れ
2014年08月08日 07:52
 自然は謎だらけです。どんな石が水切りに良いかだけでも調べるのは大変です。粘土やセメントで色々な石を作ったりもしましたが、同じに投げられませんし、水面も同じではありません。どうしても例外があります。これは経験者に教わるのが早いと思いました。これだけ面白い水切り遊びですから、どこかに水切りの名人がいるはずです。インターネットで調べ、宮城県で水切りの大会があることがわかりました。残念ながら、第5回大会が終わったばかりで、次回の大会で水切り名人に会うべく練習を続けました。
 一年間練習し、水切りに関する事を調べていたので、出場する頃には水切り遊びのコツも少しはわかり、思いも変わりました。水切りは力だけではないこと、また、地元の荒川が水切り遊びに適しているなど、たくさんの事に気付きました。
 平成15年11月1日午前3時、真っ暗な中「第6回全日本石投げ選手権大会」出場のため家を出ました。約5時間かけて着いた会場は、丸森町を流れる阿武隈川の河川敷。山に囲まれ、風景の美しい河原でした。地元の警察の交通整理に従い、河原に降りると駐車スペースの案内係りがいます。河原には移動式トイレ、受け付けのテント、たくさんのボランティアと思われる人達が準備をしています。河原では、ウオーミングアップをしている出場者。水切り名人がいそうな雰囲気です。ワクワクしてきました。
 風のない晴天。阿武隈川は静かな水面に山を映し、ゆったりと流れています。水切り日和です。時間とともに出場者がぞくぞくと集まり、役所のお偉方もお揃いです。取材のテレビカメラも忙しく準備を始めています。
 私は受付を済ますと、名人の教えを受けるため、早速、情報収集です。大会を企画した方を探しました。大会の目的や、運営に関することも知りたいからです。
 テントの中の人に訳を話すと、大会を企画し、実現させた人を紹介していただけました。他県からの出場者もいることは、出場者名簿でわかりましたが、遠い埼玉からの出場者ということもあり、忙しい中でも親切にしていただき、いろいろな話を聞く事ができました。
 河原で練習する人たちを見ると、肩が強く、ときおりたくさんの波紋もありますが、あまり練習していないこともわかりました。優勝してしまうかも知れません。上手な人を見つけて話しかけました。聞けば地元出身で、子どもの頃、水切りで良く遊んだそうです。初めての出場で特別な名人は知らないとのことでした。この人はライバルになりそうです。
 私が練習を始めると、注目されているのがわかりました。もしかしたら、私より練習している人はいないかも知れないという不安が頭をよぎります。勘は当たりました。上手な人も力んで失敗し、結局、決勝に残ったのは、私と60歳を過ぎた方、敗者復活戦で勝ち上がった3名です。私が一番若いようです。競技は3回の試技で、先きに2勝した人が勝ちになりますから、若くて肩の強い人でも2回失敗すると負けてしまいます。当然、安定した力を持っている人が残ります。私はすべて膝付きフォームで軽めに投げ、あっさり優勝してしまいました。
 飛び入りの部門というのがあり、そちらの方から物凄い勢いの石が飛んできました。
それは飛び入り部門で優勝した人のものでした。でも、風の向きを考慮していません。石の投げ方も水切りに馴れていません。どうやら私以上に練習している人はいないようでした。水切り名人の教えは受けられませんでしたが、この大会で優勝したことは、テレビや雑誌などで活動する場合の肩書きとして、便利に使われることになりました。この大会で学んだのは、水切りの技術ではありませんでしたが、その後の活動に影響する大切なことをたくさん教えていただき、とても有意義な出場でした。
 私が最初に対戦したのは、ライバルになると思った20代の人でした。私が投げると、明らかに20回以上跳ねました。3人の審判は相談し、「13回」と言いました。いくら数えにくい波紋でも「おかしい」と思います。もしかしたら「よそものなので差別されたのか」とも思いました。ところが、対戦者の投げた波紋も私と同じ位なのに、審判は少ない数を言いました。これは差別ではなさそうです。結局、私が勝ちましたが、何か深い意味がありそうです。後で聞いてみようと思いました。
 大会は、未就学児童の部から、75歳以上の高年齢の部、飛び入り部門まで、10部門あります。表彰は3位まで。たくさんのヒーロー、ヒロインを作ります。できるだけ遊びとして楽しむための工夫でしょう。六百円の参加料は、きのこご飯、いも煮汁等の代金で、キャンプの雰囲気も演出しています。ゴザを敷いてみんなで食べ、親睦を兼ねています。
 遠い埼玉から来た私は、運営の方に招かれ、一緒にお昼をいただきました。大会を立ち上げた方は、町の職員で、水切りは「川の楽校」という子どもの学習サークル運営の中から出たアイデアだそうです。初めは理解されず、実現には苦労もあったようです。
 ジャンプの数を少なく数える理由を聞くと「多ければいいわけじゃないからね」あっさりと答えます。さらに聞くと、数は正確に数えられない。遊びだから勝負にこだわらない。最高記録は少ない方が後に投げる人が楽しいということのようです。 
 それらは、水切りをパフォーマンスや遊びとして見ることでしょう。確かに競技としては成立しにくい水切りです。少なめに数えて苦情が出たことが一度もないという言葉にも驚きました。私の町で同じことをしたら苦情が出るに違いありません。私は目が覚めました。わざと少なく数えるという発想が私にはなかったのです。競技性を少なくし、気楽に楽しめる大会にしようとしているのです。義務教育さえ競争にして当然の現代社会に私も取り込まれていたのです。私はこの大会に水切り名人を探しにやってきました。私の思っていた水切り名人はいませんでしたが、もっと大切な事を教えてくれる名人がいました。この大会をきっかけに、私はさらに水切りについて考えるようになりました。続く…
15. 水きり倶楽部会員優勝
【返信元】 14. 水切り名人を求めて
2014年08月09日 06:06
 次の第7回大会には、あるテレビの番組の子役タレントが出場しました。番組では、過去2回水切り遊びを取り上げ、私が指導をしていましたから。3人は優勝の力がありました。でも、本番では緊張し、力みで失敗が多くなるものです。まして、子どもと言えどもタレントです。自分にかけられた役目に敏感ですから緊張するに違いありません。それでも一人は優勝、一人は準優勝で番組は成功しましたが、私は出場して欲しくない気持ちもありました。テレビの常識が大会の雰囲気を壊す事を恐れたのです。
 次の第8回大会には、荒川で一緒に練習した熊谷水きり倶楽部の二人が出場しました。一人は小学6年のA君、もう一人は21歳のS君、二人とも優勝すると思っていましたが、S君は緊張と力みで失敗、4位でした。練習量の多いA君は実力を発揮し、優勝することができました。A君は地元の小さな大会では主催者側ですので出場する機会がありません。優勝させてやりたいと思っていました。また、水切り遊びの普及には少年の名人も必要です。
 A君の決勝戦で、思わぬハプニングがありました。順調に勝ち上がったA君の決勝の相手は、何度か大会に出ている子です。小学5年生、A君の一つ下の学年です。私のことはテレビで見て知っていました。私も彼を知っていました。試合前も一緒に遊びました。
 A君の投げる石は、私が袋に入れて持っています。対戦直前にその石を見た彼は、無邪気に「ちょうだい」と言いました。確かにこちらの石より彼の石はあまり良い石ではありませんでした。一瞬、私の頭は凍り付きました。何という無邪気なお願いでしょう。感動的でさえあります。これから対戦する相手に石を貰おうというのです。さあどうしましょう。
 地元の子は、川岸に立つと無造作に石を投げます。勝負に対する緊張感が感じられません。山に囲まれた盆地です。勝負にこだわることが恥ずかしいかのようです。昔の子どもが普通に持っていた感情です。私は困ってしまいました。「何だよ、対戦相手に石を貰うようでは来年の優勝も危ないぞ、自分にピッタリ合った石を用意しておかなきゃダメだよ」彼は納得したようでした。私は、愛という名の差別を選択したのです。
 そんなこともあり、A君は決勝までは失敗の少ない安全な石を使っていましたが、決勝戦は、失敗の可能性もありますが、奇蹟の起ることのある勝負石を選択し、すべてを成功させ、大人も含めた当日の最高記録で、見事な優勝を見せてくれました。続く…
16. 水切り世界選手権
【返信元】 15. 水きり倶楽部会員優勝
2014年08月10日 07:05
 スコットランドのイーズデイル島では、毎年9月、水切り世界選手権大会が、出場者約三百名で開催されています。あるテレビ番組でタレントさんが、その大会に出場することになりました。そこで、私に水切りの指導をして欲しいという依頼がありました。
 その大会は、日本の水切り大会とは違い、跳ねた回数ではなく、飛んだ距離で競います。日本の水切り大会にはない発想で、勝敗を決めるのにわかりやすいルールです。私はスタッフと打ち合わせの段階で、水切りのコツを書いた自製の本をタレントさんに読んでおくようにと差し上げました。水切りの距離を伸ばすには、そのためのコツがあります。石は投げる人に無理の無い範囲で大きめの石が有利です。あまり薄くなく、ある程度の重さが必要です。私はそんな石をたくさん用意し、練習日を待ちました。
 当日、予定時間より送れてタレントさんの到着です。「まずは投げてみて下さい」という私の言葉に、良くない石を拾い、お決まりの失敗を見せます。その投げ方で「これはいけそうだ」と直感しました。40代前半のタレントさんは野球少年世代。かなり慣れたフォームです。
 お決まりの水きりのコツを説明中、彼が私の水切り本を読んでいたことがわかります。私の答えを予測した質問が的確で、面白い番組になりました。投げる程にコツも体得、時々50m以上の距離も出ます。ただフォームが安定せず、石の入水角度が安定しません。手を大きく上げ、体を充分に使うのは良いのですが、大きなフォームゆえ、石を離す時の僅かなずれが石の入水角度に大きく影響してしまいます。ここは難しいところですが、優勝を目指すには冒険も必要です。それでも2時間程練習すると60m以上の距離も出るようになりました。「スゲー」私の歓声にタレントさんもご機嫌です。
 大会終了後、スタジオ収録に来て欲しいという話しがありました。もしかしたら優勝したのかと思いましたが、父の介護で行けません。結果も教えてもらえませんでした。
 放送は、やけに盛り上がる構成になっていました。タレントさんは本番の会場練習で、対岸まで石を飛ばします。視聴者は充分に期待を膨らませたでしょう。勝負は3回の試技で、目盛りの付いたロープ内で3回以上ジャンプしなければ記録になりません。ヨーロッパでは野球が盛んでない為なのか、出場者の投げるフォームはそれほど良くありません。優勝の可能性もあります。でも、タレントさんは力みから、石の入水角度が安定せず、3回とも失敗。記録無しに終わってしまいました。でも、さすがにバラエティー番組です。失敗さえも笑いに変え、視聴者を大いに楽しませてくれました。続く…
17. プロ野球の投手が水切りをすると
【返信元】 16. 水切り世界選手権
2014年08月11日 05:46
 平成16年のことです。テレビの正月番組で、プロ野球の下手投げ投手が水切りの世界記録に挑戦するという企画があり、私はそのコーチ役の依頼をうけました。
 当時の記録は38回。私でも超えられる数で、プロの投手なら練習時間があれば問題のない数です。なにしろ一流のスポーツマンです。コツを教えれば体のコントロールは早いはずです。私は、選手に合いそうな重めの石を何日もかけ、練習用約200個、本番用50個を集めました。
 挑戦する場所は熊谷市内の荒川(河原明戸)と決定。荒川で水切りの世界新記録が出そうです。ところが、練習日を含めて2日間の予定が、選手のスケジュールの都合で半日になってしまいました。40以上跳ねる可能性のある石は、投げるのが難しく、石にスピードがある場合、空気の影響で浮き上がってしまいます。石の入水角度と入水位置の正確なコントロールが必要なのです。
 思った通り、全力で投げるとほとんどが失敗してしまいます。膝をついて投げると何とかなるのですが、選手もスタッフも「ファンが納得しない」といつものフォームで投げることになりました。結局、練習時間が足りませんでした。自然条件も良く、ズポーツマンらしく真摯に頑張ってくれましたが、通常の半分位のスピードで投げるしかなく、記録は22回。肩が強過ぎ、水切りが難しくなってしまったのです、私が用意した石も少し軽過ぎました。理知的で、ほれぼれするような美しいフォームなのですが、全力で投げると、石はもの凄いスピードで、ほとんどが失敗してしまうのです。意外なことですが、石の回転が充分ではありませんでした。石のスピードが早いほど、回転も速くなければならないようです。石のスピードだけではどうしようもないということを改めて知ることになりました。
 近くで見る選手の投球フォームは理知的で美しく、素晴らしいものです。片足で大きく踏み出すのですが、体は少しもぐらつかず、肘は弓のようにしなり、全身が鞭のようにキレが良く、流れるように自然です。石は水面すれすれから投げられ、水切りにこれ以上のフォームはないでしょう。練習時間さえあれば、とんでもない記録が出るに違いありません。
 選手は「引退したらもう一度挑戦してみたい」と嬉しい言葉を残して帰ります。大勢のロケ隊が去った荒川は、何ごともなかったようにゆったりと静かに流れていました。
 その後、水切りの目標が高くなってしまい、選手のフォームを真似してみましたが、基礎体力が違い過ぎ、腰も痛くなり、到底無理だと悟りました。続く…
18. 熊谷水きり倶楽部発足
【返信元】 17. プロ野球の投手が水切りをすると
2014年08月12日 07:06
 平成15年2月、熊谷水きり倶楽部が発足しました。私がお願いして2名が入会してくれました。一人で水切りをしていたのでは、ただの変わり者です。たとえ三人でも、会となれば社会性が出てきます。簡単にバカにするわけにもゆきません。
 河原で一人で水切りをしているおじさんは、かなりの不審者です。興味があっても誰も近付きません。対岸や橋の上という、それ以上近付けない安全な距離があると違います。「おじさんもう一度見せて」などと声をかけてきます。私は全身笑顔で応えます。危害を加えられない安全な距離がなければ交流が持てない。ちょっと悲しい現実です。
 何人かでやると、子どもは近付いてきます。初めから子どもと一緒だとさらに効果的です。子どもがきれいな波紋を出した時、水切り倶楽部会員は「スッゲー」と歓声をあげます。子どもは最高の笑顔で振り返ってくれます。その一瞬、河原は暖かく平和な空気に包まれます。単純で素朴な遊びだからこそ嬉しさを共感することができるのです。
 現在、熊谷水きり倶楽部会員は16歳から71歳の21名、様々な人がいますが、何にもならない無駄と思われる水切り遊びを楽しむことのできる心を持った人達であることは確かです。会費も会則もありません。親睦を深めながらこの遊びを楽しみ、地元の荒川から新たに水切り遊びの楽しさを発見し、それを発信したいと願います。

 現代の科学技術は快適を求め、自然を資源として発展してきました。世界は大量消費時代に入り、ビジネスは利益を求めて国境を超え、あらゆるものを移動させます。その結果、私たちは環境に対する配慮を忘れたのかも知れません。まるで便利と言う麻薬の中毒患者のようです。結果、環境破壊や放射能、科学物質などによる汚染が未知の殺人者として静かに忍び寄っています。これは人類自身の目先の欲望が作り出した新しい地獄です。私たちは自然の大きな安定に背を向け、ガラスのようにもろい豊かさを選択したのです。
 社会は有機体的に進化しています。個人の選択は限られ、闇雲に社会の流れに追従するしかないようにさえ見えます。今や世界は権利と蓄財の戦国時代の様相です。資本は利益を求め、無秩序に世界を駆け巡り、富の偏りは限界を超えています。そのようなシステムの中で生きる私たちは、貨幣に象徴される仮想の現実に依存しています。知識は細分化、専門化され、過剰な情報を整理できません。結果、共有すべき社会の規範や価値は混乱し、個人はシステムの一部となり、自立した倫理や道徳的な感性を弱めているように見えます。今や私たちは豊かさのうしろめたさを忘れ、消費者であるときだけ輝くかのようです。
 人が生物として認知できる世界は限られています。これを超えた社会の複雑化は、個人と世界の調和を乱し、不安や疎外感を助長させています。そこで、私たち人間も生態系の一員であり、単純化した自然観を真実として見直し、自然の神秘性に救いを求める態度が見直されています。自然は、私たち人間が自らの限界を知ったとき、真に合理性を得るのです。自然の力はすべての始まりです。知性の限界を知った私たちは、自然と共生の道を選択するでしょう。そのとき、自然の実体験がより良い感性を育て、選択、発想、社会規範を支える本来の力を取り戻すのです。人の意識は自然から目覚めたものです。進化は自然と共になければなりません。
 未来はいつも新しい冒険です。子どもたちは、さらに自然から学び、社会の規範や自分自身を見直し、人と万象の調和した新しい文明の創造に成功しなければなりません。自然は健康的な好奇心を育て、より良い未来を創造するための本質的な知恵や感性を取り戻す場所になるでしょう。それが社会の矛盾や間違いを正す原動力になるのではないでしょうか?。 
 熊谷水きり倶楽部は、このような願いから、この遊びを多くの人が楽しんで欲しいと願います。自然には楽しいことがいっぱいです。この遊びを体験することで、自然に対する興味や発見のきっかけになり、自然への感性がたくましく育つことを願っています。
 水切り遊びはネイチャーゲームです。自然と自分の調和を探し、それを楽しむ遊びです。水面、石、天候、そして人、すべてが調和したときだけ奇跡の波紋を見る事ができます。本来、私たちはそれを楽しむことのできる感性を持っているのです。続く…
19. 水切り少年
【返信元】 18. 熊谷水きり倶楽部発足
2014年08月13日 06:19
 水切り遊びは少年が似合います。地元で水切り少年が欲しいと思っていたところに、知り合いのお母さんから、わが子に水切りを教えて欲しいという話がありました。
 理由は単純です。「家の子はいろいろな習い事をしているけど一番になったことがない。水切りで一番にさせて自信をつけさせたい」というのです。幸い、本人とも地域の昔あそびなどで一緒に遊んでいたので、話はすぐに決まりです。
 A君は小学5年生、野球をしているので週に1回の練習でもすぐに上達しました。子どもと一緒だと遠くで見ていた子どたちも近付いてきます。「A君やって見せて。教えてやりなよ」A君はあっという間に水切りの先生です。楽しくないはずがありません。私と同じ道を通って水切り遊びが好きになりました。
 4ヶ月を過ぎた頃、テレビ番組から出演の依頼がありました。当時21歳の青年も一緒に練習していましたので、3人で出演したいと思いましたが、3人では多すぎるということで、A君と私が出演することになりました。テレビに出ることは普通はありません。これを成功させればA君も自信が付くでしょう。
 前日、水切りの練習をし、テレビ出演の練習もしました。私は何度か出演していましたから求められることはわかっています。A君は元気な子で、いつもの通りで充分なのですが、緊張することも考えられます。まず、私が緊張してはいけません。おばかでハイテンションな水切りおじさんを演じることにしました。幸いA君とリポーターとの相性も良く、A君は緊張せず、いつものように子どもらしい笑顔で場の雰囲気を読み、みんなが驚くようなかわいくてイキイキした水切り少年を演じました。実際には、共演するタレントさんと編集が私たち素人を生かすのです。
 番組が放送されると、両親や親戚は大喜びです。お母さんは言いました。「知らないうちに家の子があんなに成長していたなんて…」お母さんの計画は大成功です。A君の小さな自信は、大きな勇気へと変わります。その後水切り少年は何度もテレビ出演をし、自信と勇気の相乗効果で理想的な水切り少年に成長しました。続く…
20. 水切り遊び普及活動
【返信元】 19. 水切り少年
2014年08月14日 07:09
 隠れるように練習していた水切りでしたが、ある時期からどうせなら誰かに見てもらう方が良いと考えるようになりました。水切り普及活動の始まりです。ある日、練習に行くと百人ほどの女子中学生が河原で水切り遊びをしています。近くの体育館で何かの試合があり、その帰りに川原で遊んでいるようです。
 一人で水切り遊びをしているおじさんは、かなりの不審者です。興味があっても誰も近寄りません。先生らしき人もいますし、大勢だから恐れられることはないでしょう。これはビックチャンスです。ここは勇気を出してデモンストレーションをすべき時です。急いで少し離れた河原に降り、石を拾って3回ほど投げました。何人かが気付いた様子です。「見て、見て」微かに聞こえます。聞こえないふりをし、今度は最高の石を投げました。成功!。後ろで黄色い歓声!「うそ~」「すご~い」私は勇気を振り絞り、両手で高々とVサイン、全身笑顔でジャンプしながら素早く振り返ります。変なオヤジの思いがけない行動に、女子特有のキャーキャーうひょひょの大拍手。大受けです。調子に乗って開発中の両手投げ。これが奇跡的大成功!さらに拍手が起こります。子供たちみんなが最高の笑顔です。もちろん私も人生最大の笑顔です。これほど人の笑顔を引き出したことなどありません。コメディアンの喜びを一瞬で理解。私はこの日のために生きてきたのかも知れません。うひょひょ
 おじさんが一人で水切りをしているより、子どもと二人の方が自然です。ある日、対岸で若いカップルが川を眺めていました。その二人の方へA君と石を投げるときれいな波紋が並んで跳ねます。それを見た女性が立ち上がり、全身笑顔で拍手をしてくれました。私たちは手を振って応えます。「二人の幸せを願って~」と叫び、私たちは石を握った手を高く上げ、息を合わせて同時に投げます。石は仲良く二つ並んで波紋を作ります。二人とも大喜びです。二人を観客に見立て、私たちはしばらく水切りをしました。その帰り道、A君が言いました。「おじちゃん、今日はいい仕事したね」おほほ
 水切り遊びに自信をつけてきたA君ですが、気になることがありました。友達を連れてこないことです。「おじちゃんと水切りをしたら、みんな名人になっちゃうね」ということです。この気持ちはわかります。そこには特技を手にした少年の苦悩も見えます。誰にでもそうゆう面はあります。社会は優劣をつけて子どもを育てます。必要以上に勝利の喜びを教えます。でも、比較の中の喜びは長くは続かないものです。
 水切り遊びは上手でも利益はありません。下手でも問題ありません。ただ、上手だと誰かに喜んでもらえるということはあります。何ヶ月かしてA君は言いました。「水切りは、上手なだけじゃ名人じゃないよね。誰かを喜ばせないとだめだよね」「そうだよな」その後、友達も連れてくるようになり、教え方も考えるようになりました。A君は誰かを楽しませることのできる喜びを知ったのです。
 子供は水切りばかりでは飽きてきます。魚を捕まえたり、川に潜ったり、野草を食べたり、川には様々な自然が残っています。化石を見つけたり、写真のような鯉の産卵も見られます。A君は、知らない間にたくさんのことを発見しました。水切り遊びが、自然を体験するきっかけになったのです。遊びながら学ぶことができました。私も石や天気について詳しくなりました。
 ある日A君が言いました。「水の中の魚が見たいな」私は荒川の水中写真を撮り、ホームページで公開しています。それを見たのだそうです。「おう、いつか潜ろうぜ」
 夏休みのある日、水中メガネ、足ヒレ、シュノーケル、魚を寄せるソーセージなどを用意して待ち合わせました。
 30センチほどの深さで、魚がいそうな場所の石に抱きつき、呼吸をシュノーケルで確保、石をおろしがねにしてソーセージをこすります。「A君動くなよ」小さくなったソーセージがゆっくり流れると、お楽しみの魚たちがどこからともなく集まります。ちょっとドキドキです。オイカワ、アブラハヤなどが二人を取り囲むように泳ぎ回り、ソーセージに迷いもせずに食らい付きます。
 その中に水底をチョロチョロつたってやってきたハゼの仲間ヨシノボリがいます。こいつは人面魚です。人間みたいなとぼけた顔をしてこちらを見ています。私がその魚を指差しA君に示すと、A君はおかしさに耐え切れず「うひょひょー」と笑い立ち上がりました。ただそれだけのことが嬉しくて、おかしくて、二人は顔を見合わせて大笑いです。自然には面白いことがいっぱいです。いつも見ている荒川も潜ってみることにより、新しいものになり、私たち自身も変わってゆきます。 
 充分魚を見て楽しんだ後は、例によって水切り遊びです。水の中から投げる水切りは水面ぎりぎりから投げられるので、軽く投げても沢山ジャンプします。またまた新しい発見です。
 川には下の写真のようなクレソンなどの食べられる草もあります。これをそのまま食べたり、採っていって晩のおかずにしたりします。
 こうして、努力することもなく、遊びながらA君自身の荒川は変化してゆきました。
 考えてみれば私たちの世代は、そうして自然のことを体験的に学んできたのです。私たちの地域でも自然は少なくなってきています。それでも見つければ自然はいつでも近くにあるものです。続く…
21. 初めてのテレビ出演
【返信元】 20. 水切り遊び普及活動
2014年08月15日 06:05
 水切り遊びを本気で練習し、2ヶ月が過ぎた頃、時々ものすごい数の波紋が出るようになりました。石をたくさん跳ねさせる条件がわかってきたのです。調子に乗って水切り遊びのホームページを作りました。それがテレビ番組製作者の目に止まり、すぐに出演依頼の問い合わせがありました。たかが2ヶ月で即席水切り名人の誕生です。こんな簡単な名人は聞いたことがありません。
 続けて別の番組からも、続けざまです。どうやら水切り名人は隙間産業のようです。初めてのテレビ出演は最悪でした。地元の河原には来てもらえず、東京都内の荒川に行くことになりました。当日は風が強く、大きな波で水切りはうまくできません。その分、共演者のタレントの突っ込みは凄く、場の雰囲気が読めないしろうとの私は大混乱、タレントの才能を感じるばかりです。それでも楽しいこともありました。初めての場所なので1時間も前に着きました。スタッフは誰もいません。かろうじて3人の魚釣りのおじさんがいました。やばいです。釣り人と水切り遊びは相性が良くありません。私が話を付けておく必要がありそうです。訳を話して理解を得ることができました。
 やがて時間が来てスタッフの登場です。誰も釣り人に挨拶しません。そのうちカメラを乗せた舟が来ました。釣り人に何の挨拶もなしに大きな舟が近付いてきます。大きな波に釣り人はあわててリールの糸を巻きます。タレントがバスでやってきます。釣り人は無視された格好です。釣り人は怒りました。私はかなり微妙な立場です。「責任者を呼んで来い」と言われました。その場を仕切るディレクターは。長身の好青年です。でも、怒られ方は下手です。まるで中学生のようです。誰も助け舟を出しません。釣り人は言いたい放題です。「挨拶に来るのが当然だ」「たまの釣りを邪魔する権利はテレビにはない」すべてもっともな主張です。最後まで怒っていたのが橋の下に住んでいるホームレスのおじさんです。ここぞとばかりやりこめます。「お前らはテレビだと思っていい気になってんじゃねえか」結局、年長のおじさんが「これくらいで許してやろうじゃないか」ということで決着。ロケは始まりました。かわいいタレントの一人でも頭を下げてお願いすれば。もっと早かっただろうと思います。タレントさんは大事にされているようです。
 収録はあっと言う間に終了。タレントやスタッフは風のように撤収です。交通費を出すという約束でしたが、それも果たされず、私はポツンと置き去りになりました。残ったスタッフも何も聞いてないそうです。釣り人も同情してくれました。残った石で釣り人と水切りをして遊びました。お別れを言って別れた後、水切りの上手なホームレスのおじさんのダンボールの家に寄りました。ポケットに一つ残っていた最高の水切り石をおじさんにプレゼントするためです。「この石は風のない日に投げるとすごく跳ねるよ」と言って渡すと「もったいないから投げない」と言いました。水切り遊びは、年齢や立場を超え、素朴な共感でつながることができます。続く…
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