介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
【閲覧数】104,610
2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

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社会的介護
【返信元】 介護を振り返って
2015年04月06日 11:56
認知症の介護は、極限状態をもたらす場合もあり、自分の闇と向き合うことも
あります。私は介護者に住む鬼の正体をずっと考えていました。うまい答えは
見つかりませんでしたが、鬼を禁止されることで抑圧された鬼は、コップの水が
溢れ出るように、何倍にもなって爆発するのが、介護の鬼の正体かも知れません。
私たちの世代は、優しくあれと教わっています。でも、今の社会は優しさが減少
しているように感じます。今の若者たちには、自己責任、効率、勝利、自己実現
など、個人的価値が過度に伝わり、余裕が少なく、恐怖を感じながら育つような
面もあるように感じます。知性は、殺人や破壊、犯罪にも使われた歴史があります。
自分の自身のプライドから、歪んだ正義が生まれ、それが悪人を作り、自分自身を
価値ある者にしたいという欲望から、人の繋がりを弱くしている気がするのです。
昔は介護と言う言葉もなく、当然のように家で看取りました。子どもたちは
それを見て育ちました。家族や地域が世界の中心で、鬼の出番も少ないものでした。
自分だけを見つめる個人主義に安らぐ場所は少なそうです。勝利は敗者も作ります。
敗者の人生を教える場所は少なく、嫉妬や卑屈が、鬼の出番を増やしているように
感じるのです。鬼を小出しにするより、天使を味方にする方が良さそうですが、
その機会も少ないと感じます。社会的介護という言葉の別の意味が気になります。
介護を振り返って
【返信元】 介護の理想
2015年01月16日 14:58
人生には様々なことが起こります。思いもしなかった介護が、いきなり現実となることも
あります。私もそんな感じでした。トイレに行った父が。突然体が動かないと、廊下に座り
込んだまま動けません。「大丈夫だ」と何とか立ち上がった父を説得し、病院を2カ所回り、
慢性硬膜下血腫と判明。3つ目の病院で、2回に分けて手術を行いましたが、認知症の症状
と歩くのが難しくなったまま、退院となり、要介護3の介護生活が始まりました。
父は、家に帰るなり「ここはどこだ」と言います。それでも、初めの頃はそれほど大変では
ありませんでした。本来、楽天的なところもある父は、話しも何とか通じ、聞き分けも良く、
父と同じく楽天的な私は、リハビリを頑張ることで乗り切れました。やがて認知症が進行し、
幻視、幻覚、幻聴など様々な症状が出てきました。父は、その中で精一杯生きていました。
私は正しく認識して欲しくて、あらゆる手段や言葉を使い。説得を試みました。そこには
正しい認識に固着する自分がいたのです。それは父との戦いも意味していました。
父の幻覚は、父にとっては真実なのだと、しっかり認められるまでには時間が必要でした。
恐ろしい幻覚や幻視に父は苦しみ、不穏になります。私も苦しいです。そこで、父を殿とか
◯◯さんと名字で呼ぶ事を思い付きました。お父ちゃんと呼ぶと、感情に負け、良い介護者
になるのが難しいと感じたのです。その頃になると排泄のコントロールもできなくなってき
ました。混乱する時期もありましたが、幻覚に苦しむ殿を見続けることの辛さを思えば、
便の処理は「殿のお尻を拭かせていただき恐悦至極にござりまする」などと冗談の言える程
度のことでした。ポットン便所で、畑には新聞紙がヒラヒラ舞う時代に育った私ですが、何
より大きかったのは、母が祖母の介護をするのを子供のころに見ていたことが、役立ったと
思います。それは壮絶な介護でした。褥瘡は骨にまで達する程で、脳死状態の口腔内は乾き、
岩のようでした。母は、涙を拭きながら、脱脂綿で口を湿らせていました。それでも、母は
愚痴を言うこともなく、誰も責めず、当然のように淡々と介護を続けていたのです。
それから思えば殿の介護は楽でした。そうなると、食事を摂らせることが最も大切な仕事に
なります。要介護5になると、自分では食べる事ができず。食欲もなく、食事には3時間も
かかることもあります。それでも、時折見せる笑顔に励まされて何とか介護していましたが、
やがて、笑顔もなくなり、言葉も少なく、看取りの近いことを感じるようになりました。
介護は、マニュアル通りが良い事は確かですが、肉親の場合、情がからみ、マニュアル通り
にはできないものです。自分を苦しめる肉親に対して怒りすら湧いてくるものです。誰でも
優しくしたいのに、そうできない気持に苦しみます。負の連鎖に落ち込みやすい介護です。
そんな自分の介護に合格点を出して乗り切るには、どんな介護者でありたいかを、しっかり
見つめ、覚悟することが大切です。介護を自らの問題として考え、耐えられないと思われる
ことでも、淡々と行っていることで、やがては慣れてくるものです。慣れは、介護で最も大
きな力です。楽しい時には今が全て、辛い時の今はただの状態です。被介護者は大切にされる
必要があります、介護者は必要とされることを喜びとするしかありません。別れは必ずやって
きます。その時を想像しながら、自分の介護に何とか合格点を付け、介護を全うすることが
できることを願います。それは、残された者が幸せであるために必要なことだと思うのです。
終活
【返信元】 介護の理想
2014年11月14日 09:54
最近、終活という言葉が使われています。私のように独り身で親を見送り、
自分の老いを意識すれば、そういう言葉が大きな意味を持ってきます。
自分の人生にOKを出し、奇麗にこの世とさよならしたいのは誰も同じです。
私もそれを意識しています。
最近、墓は不要という人も増えています。誰にも迷惑をかけたくないとも
言います。当然かも知れませんが、本当に誰にも迷惑を掛けず、この世を
卒業できることはほとんどないでしょう。一人の命は結構重いと感じます。
墓は、生者と死者をつなぎ、先祖への感謝や供養の気持を形にしたものです。
おじいちゃんやおばあちゃんの墓に手を合わせながら育った子供たちは、
先祖への感謝の気持ちや、限られた命の尊さを知り、現在に感謝し、他者へ
の思いやりや、家族の絆を支える心を育てます。特に立派なことはしなくても
家族の歴史の一部として自らの存在に意味を与える根拠になることもあります。
私自身が、その家族の歴史の中に存在していることは確かなことなのです。
墓は家族の過去、現在、未来をつなぎ、地域、親戚、ひいては国や人類という
共同体を支える力も含んでいる気がします。社会や個人の平和をゆるぎない
ものにする為には、限られた命という考え方だけでは不十分なようです。
子孫に美田を残すとか、ひ孫のために木を植えるというような自制的な
生き方を支える根本には、墓もそれなりの意味を持っているように思います。
環境破壊や資源の枯渇は、行き過ぎた個人主義や、生きている時間に縛られた
考え方の結果かも知れません。根本的に墓は、死という不条理な問題に答え
らしきものを求める人の心から生まれたと思いますが、古いしきたりには
軽く見てはいけない、人が平和に生きる為に練り上げられた本質的な知恵が
含まれていると思います。介護の心の問題も墓と無縁ではないと私は感じて
います。結局、私は墓じまいをすることになりそうですが、そうなったら
あの世で先祖にたっぷり叱られそうです。せめて、生きている間はしっかり
お守りしますので、お許しを願うしかありません。おほほ
遺影
【返信元】 介護の理想
2014年11月11日 18:55
殿の一周忌が終わりました。
親のない子として早くも1年。さすがに一人暮らしにも慣れました。
お葬式や、法要の時には、普通写真を飾ります。私は趣味で写真を
撮っていましたが、殿の葬儀に良い写真を飾れませんでした。
殿が最も出来上がったと思われる写真では若すぎます。
認知症になってからのスーツの写真は本来の殿ではありません。
帽子をかぶっているのが最も殿らしいのですが、できれば帽子は
ない方が良いということで、葬儀にはスーツのものを使いました。
一周忌には帽子のものを使いましたが、ついでに撮ったもので
いまいちです。母の時は、大手術の前に万一を考えて撮った物で
まあまあの物がありました。葬儀用の写真はほとんどがピンボケの
物が多いと感じます。縁起が悪いとか言って撮らない人が多いとは
思いますが、しっかり撮影しておけば良かったと後悔しています。
元気な時に、しっかり撮影しておくことをお勧めします。
ボケない小唄
【返信元】 介護の理想
2014年08月30日 11:43
最近、ボケない小唄とか、ボケない五ヶ条とかを目にします。
地元のいきいきサロンでも、そんな印刷物がくばられたりします。
ボケないで、しっかりしたまま、皆に迷惑を掛けず、この世を
卒業したいという気持はわかります。
でも、迷惑をかけないでさよならできる人は少ないと思います。
7年半、認知症の父を介護した者としては複雑な思いです。
これらが、必要以上にボケることを恐れる雰囲気を作り、認知症の
差別につながることを恐れます。私は安心してボケたいと思います。
たとえ認知症でも、感情はしっかりあります。自分が認知症だと
いうことに絶望したり、恥じたりして「死にたい」と私は言いたく
ありません。認知症でも堂々と生きられる社会であってほしいと
願います。人は理想から見れば、みんな認知症のようなものです。
「いまさらバカは怖くねえ」殿のお言葉は最後の自尊心です。
長い間社会に貢献してきた高齢者を大切にできないとしたら
真に平和な社会は実現しないでしょう。
Re[2]: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 Re: かわいいお爺ちゃん
2014年04月10日 12:11
としちゃん コメントありがとうございます。
実際、おじちゃんは、もうお爺ちゃんなのです。
老齢年金を貰っているわけですからね。
もう昔のような肉体労働の勤めは困難だと思います。
でも、できる事はしたいと思います。
ネットで介護者を励ましています。
デザインの仕事をボランティアでしています。
水切りおじちゃんの仕事も、まだあります。おほほ
Re: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 かわいいお爺ちゃん
2014年04月09日 23:37
おじちゃんなら!間違いなく、かわいいお爺ちゃんになりますよ^^
私も、かわいいお婆ちゃんになりたいけど・・・チェックが厳し~いお婆ちゃんになったりして^^
どちらにしても、どんな!お爺ちゃんやお婆ちゃんにも、対応できる^^介護職員の育成に関われるように、私自身ががんばりま~す\(^o^)/
かわいいお爺ちゃん
【返信元】 介護の理想
2014年04月09日 21:50
私には若い頃から誇るべきものがありませんでした。
55歳の頃、何が進歩なのかもわからなくなりました。
人生の大半を夢中で過ごし、これから先、成長する可能性が
あるとも思えません。あるがままの自分を受け入れるしか
ないと気付き、これから本当の自分の人生が始まるような
気がしていました。それから数年後。殿の介護が始まりました。
そして、また数年後、私は老齢年金が貰える歳になりました。
介護者になるには、全てがなんとも良いタイミングでした。
実際、介護の準備は48歳の頃からしていたのです。独身の私は
介護の事も考え、自営業に転身していました。これが大成功で
両親を無理なく見送る基礎になりました。
子供のいない私は、親を見送ることが大切な仕事だという意識が
48歳のころからあったのです。結局、父の介護が今までして来た
仕事の中で、最も誇りの持てる仕事になりました。
でも、自分の始末は、どうする事もできません。殿と呼ばれる
かわいいお爺ちゃんになりたいと思います。おほほ
Re[2]: 介護を終えて思うこと
【返信元】 Re: 介護を終えて思うこと
2014年03月15日 10:30
としちゃん ありがとうございます。
今回の介護者サロンには、民生児童委員になったばかりの方が見えました。
介護の現実に触れてみたいということのようでした。確かに介護は何年か
経験してみないと、自分の気持の中に潜んでいるものが良く見えない面が
あります。それを乗り越えることが介護の本質かも知れませんね。それは
経済的な問題よりもずっと多いでしょう。介護の経験のない方は、介護の
怒声や子どもじみた喧嘩が充分に理解できない面があるのもわかります。
介護者も、介護が終わると良い物語に作り変えざるを得ない面もわかります。
楽しい話しの少ない介護ですから、それが、介護の蓄積が充分に伝わらない
原因かも知れなません。被介護者が亡くなったときの悲しさを、介護中に
生かすことが難しいのはなぜなのか?。介護は本当に難しい問題ですね。
Re: 介護を終えて思うこと
【返信元】 介護を終えて思うこと
2014年03月14日 21:04
おじちゃん♪
先日は、イベントが重なりお休みしてしまいました。
介護者サロンのスタッフに おじちゃんがなってくださり、とっても心強いです(*^^*)
会を重ねるたびに、介護者サロンの必要性を実感しています。
また、相談にこられた方が!スタッフ側になってくださったりして、嬉しい限りです。
介護には不安がいっぱいです、それぞれの立場や環境でパターンも違いますから、経験者の方がスタッフの一員になってくださることは、サロンを運営していく上でも、理想ですよね^^
私は!私に出来ることを考えながら、介護者サロンを通して、一人でも多くの方のお役にたてたらいいなと思っています。
これからも 宜しくお願い致します。
介護を終えて思うこと
【返信元】 介護の理想
2014年03月08日 16:11
介護を終え、もうすぐ5ヶ月になりますが、今も介護者サロンに通っています。
先月の介護者サロンで、私が介護を終えたことを話したとき、介護中の方から
「いいなあ」という言葉をいただきました。
これは少なからず私にはインパクトのある言葉でした。私はもう介護仲間ではない
ということだと感じたのです。ネット上での私のコメントも少し変わりました。
介護には、目を伏せて遠ざかりたくなるような。辛さや悲しさもあります。
でも、優しさや思いやりもあります。人の心の真実が見えるように感じています。
介護に本気で取り組んだ私の7年半には、私なりの気付きもあり、それなりの成功
体験もあります。それは皆さんにもあると思います。そんな、たくさんのヒントが
介護者サロンにもあります。そこで介護が楽になることを私も実感しました。
多くの例や言葉の中から、自分に当てはまるものが見つかることもありました。
介護の基本的なことはいろいろ言われていて、介護者はわかっています。それでも、
介護の状況は様々で、優しくしたいのに優しく出来ない。怒りたくないのに怒って
しまう。悪循環になっているような状況も多いのです。介護はその悪循環を断ち切る
ことが重要ですが、それは介護者が見つけるしかありません。追いつめられると
冷静な判断を狂わせることが多かった気がします。ちょっとした気付きで、介護す
る側、される側、双方が劇的に楽になることもあるのが介護です。今でも私は
それを探しています。私も理想的な介護とは言えませんでしたから。
親や身内の介護について、法的には扶養義務はあっても。介護の義務は含まれてい
ないようです,扶養義務は金銭の支払いのみで良いということになるようです。
まして、嫁の立場には扶養義務、介護義務は原則としてないようです。覚悟さえ
あれば、全てを捨てる選択もありえます。私もそれを考えたこともありますが、
自分の都合で在宅介護を選択しました。当然きれいごとが多くなります。私は、
きれいごとが好きなのです、でも、介護が終わって、それでめでたしめでたしと
いうわけにはゆきません。自分の老後の問題だけでなく、介護には様々な問題が
あります。考えても、どうにもならないと思うことも多いですが、たとえ微力でも
できることはしたいと思います。
認知症学
【返信元】 介護の理想
2014年02月21日 19:18
これから、私達団塊の世代が病院を占領するでしょう。医学の進歩で認知症も増え、
社会は混乱することが想像できますが、私たちは経験しない事は良くわかりません。
私は若い頃、親孝行は高齢者が作った言葉だと簡単に思っていましたが、もしかしたら
子が作った言葉かも知れないと、介護をして思うようになりました。昔からの風習には、
現実と理想を考えた知恵を感じます。長い時間をかけて残ってきた深さを感じます。
殿が亡くなり、もう一つ考えていることがあります。それは介護者には自分が認知症に
なった経験がないということです。当然ですが、常識から認知症を捉え過ぎている気が
するのです。認知症の高齢者には人生経験があります。できるだけそれを理解しないと、
介護はうまくゆかないでしょう。基本的な接し方だけでなく、認知症学というような
学問も必要な気がします。認知症への対応を蓄積する必要を感じるのです。ネットで
調べたらありました。でも、普及してないようです。認知症の対応には難しいことが
とても多いですから、今後は益々必要な気がします。
介護技術
【返信元】 Re[2]: 介護を終えて
2014年02月07日 17:12
人を人として尊重しなければ、互いの関係が壊れてしまうのは、介護に限らず、
普通のことです。介護ではそれを精神論だけでなく、技術としても確立することが
大切だと思います。現在、介護の認識は様々です。病院や施設での介護技術は
大切だと思いますが、家族介護では、技術をうまく使うことは難しそうです。
誰でも、介護の基本はわかってはいますが、家族は些細なことがきっかけで
感情が波立つことが多く、それを、相手のせいにしてしまうことも多いです。
こう言われたから、こんな気持になった。私がこうなったのは、相手にこう
されたからだと。互いに相手のせいにする傾向もあります。
そうなるとお互い思考停止し、それを乗り越える力が生まれにくくなります。
家族介護では良くある事で、私も例外ではありませんでした。難しいものです。
自分の問題だと思うことで、新たなアプローチが生まれ、気付きがあり、解決
の道筋が見えることもありますが、介護は微妙なところで悪循環になりやすく、
反対に、楽になることもあります。様々な介護技術が普及することで、介護の
社会的認識が共有されることを期待したいです。そうでないと社会も家庭も、
益々混乱してしまいそうです。私達、団塊世代の大量介護はもうすぐです。
Re[2]: 介護を終えて
【返信元】 Re: 介護を終えて
2014年02月05日 23:14
ぐみさん こんばんは
本当は、誰でもわかっているんですよね。
介護も、子育ても、同じ目線でお付き合いしなければならないこと。
同じ人間として、尊重しなければならないこと、仲良くすること。
自分の価値観を押し付けないこと。 おほほ
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月05日 19:50
先日子どもが3歳の誕生日を迎えました。長いようなあっという間なような…思い出すのは子供に多く求めてしまってるなと言う場面ばかり。。。表現力方法の乏しい時期だからこそもっともっと向きあってあげたかったなぁと後悔。
つまり私も自己満足にはしっていたなと反省していたところだったのです。
祖母の介護の時にも感じましたが介護も育児も家族である場合は本当に難しいですよね。
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月05日 19:34
先日子どもが3歳の誕生日を迎えました。長いようなあっという間なような…思い出すのは子供に多く求めてしまってるなと言う場面ばかり。。。表現力方法の乏しい時期だからこそもっともっと向きあってあげたかったなぁと後悔。
つまり私も自己満足にはしっていたなと反省していたところだったのです。
祖母の介護の時にも感じましたが介護も育児も家族である場合は本当に難しいですよね。
Re[2]: 介護を終えて
【返信元】 Re: 介護を終えて
2014年02月02日 09:41
虹さん ありがとうございます。
私達は、歴史の中から学び、受け継ぎ、つなぎます。
できれば、楽しい事、嬉しい事、幸せな事、そして、
うひょひょ残したいですよね。
お祭り屋台の上で踊りましょう、おほほ
それは、虹さんがしていることですね。おほほ
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月02日 08:04
おじちゃん。
おつかれさま。
お祭り屋台、そうですね。
良い言葉をありがとうございます。
また、続きを楽しみにしています。
介護を終えて
【返信元】 介護の理想
2014年01月19日 15:02
介護には、やりがいはあると思います。その中心にあるのは、自己満足では
ないでしょうか。その介護を誉められると、自己満足に花が咲きます。
介護には、たぶん限界があります。介護者はそれを何となくわかっています。
ただの自己満足だと責める事は、私たち介護者にはできないと思います。
誰でも理想の介護のイメージはありますが、理想通りにゆかないのがあたり
まえです。まして認知症がある場合はなおさらです。現実と理想の間で、矛盾
する感情を同時に抱え込むことになります。
優しくしたいけど優しくできない。怒りたくないのに怒ってしまう。真面目で
優しい人ほど、自己嫌悪というような状態になりやすいかも知れません。
本当は、人は単純なのかも知れませんが、介護では、私も訳の分からない
感情を経験しました。殿に間違った対応をしてしまい、その後、様々な
言い訳を考えますが、その失敗は消しきれないことを知りました。結局、
私はできるだけ介護を楽しむ以外にないと思いました。
現実は、どこに焦点を定めるかで見え方が大きく変わります。それが、介護で
実感したことの最も大きなことだったような気がします。
殿の人生のお祭り屋台はたたまれ、あっというまにあとかたもなくなりました。
殿のもとに集った人たちの姿も消え、何事もなかったように日常が戻ってきます。
こう言うと、なんかちょっと寂しいような気持ちにもなります。だからこそ、
その賑やかに盛り上がる人生のひとときを全力で遊び尽くすしかないと思います。
それが人生と言う祭りかも知れません。その中で、介護と言う仕事をどう
考えたら良いのでしょう。たとえ、苦しい介護の中でも、私達は、歌い、踊り、
表現し、介護を楽むしかないのかも知れません。難しいのは、矛盾する感情を
同時に抱えた時ですが、少しでも楽しそうな方に歩いてゆくしかないのです。
介護の不安
【返信元】 介護の理想
2013年12月31日 10:49
人間は誰でも永遠には生きられません。そして、親と死は、人生に
つきものですが、若い頃は〈親や死〉を真剣には考えないものです。
でも、誰でもいつか老人になります。それが「介護」の本質です。
自分以外の老いの場合には介護と呼び、自分の場合には老後と呼ぶ
わけです。殿の介護で感じてきたのは、まさにそのことでした。
人生は物語だと思います。人もいつかは死ぬのですから、その間に、
人生をどう楽しみ、いかに楽しい物語にするかが人生のテーマです。
それは、自分が本当に必要なこと、そして不要なことを見極める
ことでもあります。私には、どうしても親や兄弟が中心の物語でした。
私は殿の介護を通じて、一生忘れられない物語と思い出作りをした
気がします。自分の年齢からも、現実や本音の見えやすい時期でも
ありました。社会や自分の矛盾も、私にできることの限界も少しは
見えている気がしていました。そんな時に始まった介護です。
悲観的な感じもする介護ですが、私はその中に人生の楽観的な部分
を見つけようと頑張っていた気がします。それは殿も同じだったと
思います。その介護を終えた今でも、頭から介護が離れません。
原因は、老後の恐怖です。殿の7年半の辛さを身近に感じました。
はたして、私は殿のように過ごせるかどうか自信がありません。
人は、弱くなると優しさだけが頼りです。子供のいない私の老後は、
介護施設での生活になるでしょう。青空のような笑顔の介護者から、
優しい介護を受けたいと思います。でも、今の状況はそんなに甘く
ありません、人の心も介護保険もピンチを迎えているように見えて
しまいます。単純に豊かさを求める人の心が、環境問題など、多く
の問題を生み出し、未来を暗くしている状況もあります。
数の増えた年寄りが疎まれ、まして、認知症ともなれば廃人扱い。
優しく介護されるとは限りません。私は今、どうすれば楽しい明日
を迎えられるのか考えています。
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