介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
【閲覧数】103,063
2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

書き込み数は613件です。 [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 31 ]
[ 日付順 ] [ 投稿者順 ]
Re[2]: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 Re: かわいいお爺ちゃん
2014年04月10日 12:11
としちゃん コメントありがとうございます。
実際、おじちゃんは、もうお爺ちゃんなのです。
老齢年金を貰っているわけですからね。
もう昔のような肉体労働の勤めは困難だと思います。
でも、できる事はしたいと思います。
ネットで介護者を励ましています。
デザインの仕事をボランティアでしています。
水切りおじちゃんの仕事も、まだあります。おほほ
Re: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 かわいいお爺ちゃん
2014年04月09日 23:37
おじちゃんなら!間違いなく、かわいいお爺ちゃんになりますよ^^
私も、かわいいお婆ちゃんになりたいけど・・・チェックが厳し~いお婆ちゃんになったりして^^
どちらにしても、どんな!お爺ちゃんやお婆ちゃんにも、対応できる^^介護職員の育成に関われるように、私自身ががんばりま~す\(^o^)/
かわいいお爺ちゃん
【返信元】 介護の理想
2014年04月09日 21:50
私には若い頃から誇るべきものがありませんでした。
55歳の頃、何が進歩なのかもわからなくなりました。
人生の大半を夢中で過ごし、これから先、成長する可能性が
あるとも思えません。あるがままの自分を受け入れるしか
ないと気付き、これから本当の自分の人生が始まるような
気がしていました。それから数年後。殿の介護が始まりました。
そして、また数年後、私は老齢年金が貰える歳になりました。
介護者になるには、全てがなんとも良いタイミングでした。
実際、介護の準備は48歳の頃からしていたのです。独身の私は
介護の事も考え、自営業に転身していました。これが大成功で
両親を無理なく見送る基礎になりました。
子供のいない私は、親を見送ることが大切な仕事だという意識が
48歳のころからあったのです。結局、父の介護が今までして来た
仕事の中で、最も誇りの持てる仕事になりました。
でも、自分の始末は、どうする事もできません。殿と呼ばれる
かわいいお爺ちゃんになりたいと思います。おほほ
Re[2]: 介護を終えて思うこと
【返信元】 Re: 介護を終えて思うこと
2014年03月15日 10:30
としちゃん ありがとうございます。
今回の介護者サロンには、民生児童委員になったばかりの方が見えました。
介護の現実に触れてみたいということのようでした。確かに介護は何年か
経験してみないと、自分の気持の中に潜んでいるものが良く見えない面が
あります。それを乗り越えることが介護の本質かも知れませんね。それは
経済的な問題よりもずっと多いでしょう。介護の経験のない方は、介護の
怒声や子どもじみた喧嘩が充分に理解できない面があるのもわかります。
介護者も、介護が終わると良い物語に作り変えざるを得ない面もわかります。
楽しい話しの少ない介護ですから、それが、介護の蓄積が充分に伝わらない
原因かも知れなません。被介護者が亡くなったときの悲しさを、介護中に
生かすことが難しいのはなぜなのか?。介護は本当に難しい問題ですね。
Re: 介護を終えて思うこと
【返信元】 介護を終えて思うこと
2014年03月14日 21:04
おじちゃん♪
先日は、イベントが重なりお休みしてしまいました。
介護者サロンのスタッフに おじちゃんがなってくださり、とっても心強いです(*^^*)
会を重ねるたびに、介護者サロンの必要性を実感しています。
また、相談にこられた方が!スタッフ側になってくださったりして、嬉しい限りです。
介護には不安がいっぱいです、それぞれの立場や環境でパターンも違いますから、経験者の方がスタッフの一員になってくださることは、サロンを運営していく上でも、理想ですよね^^
私は!私に出来ることを考えながら、介護者サロンを通して、一人でも多くの方のお役にたてたらいいなと思っています。
これからも 宜しくお願い致します。
介護を終えて思うこと
【返信元】 介護の理想
2014年03月08日 16:11
介護を終え、もうすぐ5ヶ月になりますが、今も介護者サロンに通っています。
先月の介護者サロンで、私が介護を終えたことを話したとき、介護中の方から
「いいなあ」という言葉をいただきました。
これは少なからず私にはインパクトのある言葉でした。私はもう介護仲間ではない
ということだと感じたのです。ネット上での私のコメントも少し変わりました。
介護には、目を伏せて遠ざかりたくなるような。辛さや悲しさもあります。
でも、優しさや思いやりもあります。人の心の真実が見えるように感じています。
介護に本気で取り組んだ私の7年半には、私なりの気付きもあり、それなりの成功
体験もあります。それは皆さんにもあると思います。そんな、たくさんのヒントが
介護者サロンにもあります。そこで介護が楽になることを私も実感しました。
多くの例や言葉の中から、自分に当てはまるものが見つかることもありました。
介護の基本的なことはいろいろ言われていて、介護者はわかっています。それでも、
介護の状況は様々で、優しくしたいのに優しく出来ない。怒りたくないのに怒って
しまう。悪循環になっているような状況も多いのです。介護はその悪循環を断ち切る
ことが重要ですが、それは介護者が見つけるしかありません。追いつめられると
冷静な判断を狂わせることが多かった気がします。ちょっとした気付きで、介護す
る側、される側、双方が劇的に楽になることもあるのが介護です。今でも私は
それを探しています。私も理想的な介護とは言えませんでしたから。
親や身内の介護について、法的には扶養義務はあっても。介護の義務は含まれてい
ないようです,扶養義務は金銭の支払いのみで良いということになるようです。
まして、嫁の立場には扶養義務、介護義務は原則としてないようです。覚悟さえ
あれば、全てを捨てる選択もありえます。私もそれを考えたこともありますが、
自分の都合で在宅介護を選択しました。当然きれいごとが多くなります。私は、
きれいごとが好きなのです、でも、介護が終わって、それでめでたしめでたしと
いうわけにはゆきません。自分の老後の問題だけでなく、介護には様々な問題が
あります。考えても、どうにもならないと思うことも多いですが、たとえ微力でも
できることはしたいと思います。
認知症学
【返信元】 介護の理想
2014年02月21日 19:18
これから、私達団塊の世代が病院を占領するでしょう。医学の進歩で認知症も増え、
社会は混乱することが想像できますが、私たちは経験しない事は良くわかりません。
私は若い頃、親孝行は高齢者が作った言葉だと簡単に思っていましたが、もしかしたら
子が作った言葉かも知れないと、介護をして思うようになりました。昔からの風習には、
現実と理想を考えた知恵を感じます。長い時間をかけて残ってきた深さを感じます。
殿が亡くなり、もう一つ考えていることがあります。それは介護者には自分が認知症に
なった経験がないということです。当然ですが、常識から認知症を捉え過ぎている気が
するのです。認知症の高齢者には人生経験があります。できるだけそれを理解しないと、
介護はうまくゆかないでしょう。基本的な接し方だけでなく、認知症学というような
学問も必要な気がします。認知症への対応を蓄積する必要を感じるのです。ネットで
調べたらありました。でも、普及してないようです。認知症の対応には難しいことが
とても多いですから、今後は益々必要な気がします。
介護技術
【返信元】 Re[2]: 介護を終えて
2014年02月07日 17:12
人を人として尊重しなければ、互いの関係が壊れてしまうのは、介護に限らず、
普通のことです。介護ではそれを精神論だけでなく、技術としても確立することが
大切だと思います。現在、介護の認識は様々です。病院や施設での介護技術は
大切だと思いますが、家族介護では、技術をうまく使うことは難しそうです。
誰でも、介護の基本はわかってはいますが、家族は些細なことがきっかけで
感情が波立つことが多く、それを、相手のせいにしてしまうことも多いです。
こう言われたから、こんな気持になった。私がこうなったのは、相手にこう
されたからだと。互いに相手のせいにする傾向もあります。
そうなるとお互い思考停止し、それを乗り越える力が生まれにくくなります。
家族介護では良くある事で、私も例外ではありませんでした。難しいものです。
自分の問題だと思うことで、新たなアプローチが生まれ、気付きがあり、解決
の道筋が見えることもありますが、介護は微妙なところで悪循環になりやすく、
反対に、楽になることもあります。様々な介護技術が普及することで、介護の
社会的認識が共有されることを期待したいです。そうでないと社会も家庭も、
益々混乱してしまいそうです。私達、団塊世代の大量介護はもうすぐです。
Re[2]: 介護を終えて
【返信元】 Re: 介護を終えて
2014年02月05日 23:14
ぐみさん こんばんは
本当は、誰でもわかっているんですよね。
介護も、子育ても、同じ目線でお付き合いしなければならないこと。
同じ人間として、尊重しなければならないこと、仲良くすること。
自分の価値観を押し付けないこと。 おほほ
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月05日 19:50
先日子どもが3歳の誕生日を迎えました。長いようなあっという間なような…思い出すのは子供に多く求めてしまってるなと言う場面ばかり。。。表現力方法の乏しい時期だからこそもっともっと向きあってあげたかったなぁと後悔。
つまり私も自己満足にはしっていたなと反省していたところだったのです。
祖母の介護の時にも感じましたが介護も育児も家族である場合は本当に難しいですよね。
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月05日 19:34
先日子どもが3歳の誕生日を迎えました。長いようなあっという間なような…思い出すのは子供に多く求めてしまってるなと言う場面ばかり。。。表現力方法の乏しい時期だからこそもっともっと向きあってあげたかったなぁと後悔。
つまり私も自己満足にはしっていたなと反省していたところだったのです。
祖母の介護の時にも感じましたが介護も育児も家族である場合は本当に難しいですよね。
Re[2]: 介護を終えて
【返信元】 Re: 介護を終えて
2014年02月02日 09:41
虹さん ありがとうございます。
私達は、歴史の中から学び、受け継ぎ、つなぎます。
できれば、楽しい事、嬉しい事、幸せな事、そして、
うひょひょ残したいですよね。
お祭り屋台の上で踊りましょう、おほほ
それは、虹さんがしていることですね。おほほ
Re: 介護を終えて
【返信元】 介護を終えて
2014年02月02日 08:04
おじちゃん。
おつかれさま。
お祭り屋台、そうですね。
良い言葉をありがとうございます。
また、続きを楽しみにしています。
介護を終えて
【返信元】 介護の理想
2014年01月19日 15:02
介護には、やりがいはあると思います。その中心にあるのは、自己満足では
ないでしょうか。その介護を誉められると、自己満足に花が咲きます。
介護には、たぶん限界があります。介護者はそれを何となくわかっています。
ただの自己満足だと責める事は、私たち介護者にはできないと思います。
誰でも理想の介護のイメージはありますが、理想通りにゆかないのがあたり
まえです。まして認知症がある場合はなおさらです。現実と理想の間で、矛盾
する感情を同時に抱え込むことになります。
優しくしたいけど優しくできない。怒りたくないのに怒ってしまう。真面目で
優しい人ほど、自己嫌悪というような状態になりやすいかも知れません。
本当は、人は単純なのかも知れませんが、介護では、私も訳の分からない
感情を経験しました。殿に間違った対応をしてしまい、その後、様々な
言い訳を考えますが、その失敗は消しきれないことを知りました。結局、
私はできるだけ介護を楽しむ以外にないと思いました。
現実は、どこに焦点を定めるかで見え方が大きく変わります。それが、介護で
実感したことの最も大きなことだったような気がします。
殿の人生のお祭り屋台はたたまれ、あっというまにあとかたもなくなりました。
殿のもとに集った人たちの姿も消え、何事もなかったように日常が戻ってきます。
こう言うと、なんかちょっと寂しいような気持ちにもなります。だからこそ、
その賑やかに盛り上がる人生のひとときを全力で遊び尽くすしかないと思います。
それが人生と言う祭りかも知れません。その中で、介護と言う仕事をどう
考えたら良いのでしょう。たとえ、苦しい介護の中でも、私達は、歌い、踊り、
表現し、介護を楽むしかないのかも知れません。難しいのは、矛盾する感情を
同時に抱えた時ですが、少しでも楽しそうな方に歩いてゆくしかないのです。
介護の不安
【返信元】 介護の理想
2013年12月31日 10:49
人間は誰でも永遠には生きられません。そして、親と死は、人生に
つきものですが、若い頃は〈親や死〉を真剣には考えないものです。
でも、誰でもいつか老人になります。それが「介護」の本質です。
自分以外の老いの場合には介護と呼び、自分の場合には老後と呼ぶ
わけです。殿の介護で感じてきたのは、まさにそのことでした。
人生は物語だと思います。人もいつかは死ぬのですから、その間に、
人生をどう楽しみ、いかに楽しい物語にするかが人生のテーマです。
それは、自分が本当に必要なこと、そして不要なことを見極める
ことでもあります。私には、どうしても親や兄弟が中心の物語でした。
私は殿の介護を通じて、一生忘れられない物語と思い出作りをした
気がします。自分の年齢からも、現実や本音の見えやすい時期でも
ありました。社会や自分の矛盾も、私にできることの限界も少しは
見えている気がしていました。そんな時に始まった介護です。
悲観的な感じもする介護ですが、私はその中に人生の楽観的な部分
を見つけようと頑張っていた気がします。それは殿も同じだったと
思います。その介護を終えた今でも、頭から介護が離れません。
原因は、老後の恐怖です。殿の7年半の辛さを身近に感じました。
はたして、私は殿のように過ごせるかどうか自信がありません。
人は、弱くなると優しさだけが頼りです。子供のいない私の老後は、
介護施設での生活になるでしょう。青空のような笑顔の介護者から、
優しい介護を受けたいと思います。でも、今の状況はそんなに甘く
ありません、人の心も介護保険もピンチを迎えているように見えて
しまいます。単純に豊かさを求める人の心が、環境問題など、多く
の問題を生み出し、未来を暗くしている状況もあります。
数の増えた年寄りが疎まれ、まして、認知症ともなれば廃人扱い。
優しく介護されるとは限りません。私は今、どうすれば楽しい明日
を迎えられるのか考えています。
介護のお仕事
【返信元】 殿の臨終
2013年12月16日 19:38
今日は殿の通っていた施設に、介護費用の清算をするために行きました。
カラオケが賑やか中、最も会いたかったお二人が出迎えてくれました。
一人はケアマネさん、介護が最も大変な時期に支えていただきました。
殿がデイを休んだりすると、すぐに様子を見にきてくれました。
もう一人は現場のヘルパーさんです。施設のイベントの時、話しも
できなくなった殿に1時間も笑顔で話しかけ、全力で殿を楽しませる
ことに集中してくれました、私は横目で見ていて涙が出ました。また、
送迎時「殿の介護も大変だと思いますが、よろしくお願いします」と
言った時「楽しいですから、大丈夫ですよ」と当然のように言いました。
何と素晴らしい言葉でしょう。そのお二人に優しい言葉をかけられ、
泣きそうになってしまいました。私は殿の最後を伝え、逃げるように
事務室に向かいました。もう少し一緒にいたら泣きそうなので逃げ
たのでした。たぶん、それはバレていたでしょう。
殿は小学校なら卒業するほど長くお世話になりました。小学生なら
おめでたい卒業になるのに、介護施設の卒業は亡くなるということです。
なんて切ない仕事でしょう。そのことを思い、泣きそうになりました。
次に私がここに来るとしたら、介護される立場になった時です。
私もここで介護されたいと思います。
殿の臨終
【返信元】 おじちゃん復活
2013年12月14日 14:16
殿が亡くり、約1ヶ月、今なら泣かずに殿の臨終を書けそうです。
殿は、亡くなる前夜には好調でした。食事も「うんまいよ〜」と完食、
「おやすみなさい」の挨拶も「お〜う」と声で応えてくれました。
次の日の朝、いつものように、殿を見に行きました。殿は相変わらず
タンで咽を鳴らしています。タンの吸引のためカテーテルを口に入れ
ようとした時、いつもと違う殿に気付きました。意識がないようです。
「トノー!!」と呼んでも、体を揺すっても反応がありません。
たんが多いです。とにかくここはタンを吸引するしかありません。
意識のない殿のタンの吸引は楽でした。いつもは大変なのですが
意識がないので楽なのです。やがて、呼吸が少し変になりました。
小さくて浅い感じです。しばらく見ていると呼吸が止まりました。
殿には睡眠時に無呼吸になることが良くありました。20秒もすると
ハアハアと苦しそうに呼吸を再開するのですが、その日は20秒過ぎても
止まったままでした。「殿行っちゃうの」とか「ご苦労さんでした」
などの言葉が頭に浮かび、自分の心臓がドキドキするのがわかりました。
119番も考えましたが、なぜか、殿の状態を一番良く知っている
地元のかりつけ医に死亡診断書を書いてもらいたいと思いました。
私は殿の口から息を吹き込みました。殿の胸が膨らみ、口を離すと
息が出てきます。それをきっかけに、殿はまた呼吸を始めました。
でもそれは小さく、息を吸い込む力も弱く、しばらくすると、また
呼吸を止めました。ここで私は殿の臨終をしっかりと感じました。
でも、もう一度人工呼吸をしてみました。また呼吸は戻りましたが、
それは呼吸とは言えないような小さなものでした。お医者に電話をし、
私は手の脈をみました。心臓は動いているようでした。やがて殿は
全身の力を抜くように息を吐き切りました。私はこれが最後の息だと
感じ「殿、さよなら。ご苦労さまでした」と冷静に言いました。
8時30分、絵に書いたような臨終でした。私はしばらく、静かに
殿の頭を撫でていました。じきにお医者が来て臨終が告げられました。
まだ瞳孔は完全には開いていないようでした。顔も温かいままでした。
介護中、殿にいらだった時、私はいつも殿の臨終を想像していました。
そうすることで殿に優しくできました。私は何度もその時を想像し、
介護していました。とうとう、それが現実になりました。殿は私が
慌てたり、取り乱したりしないよう、見事に旅立ってくれました。
最後まで子孝行な殿です。人が亡くなるのは自然な事だと思えました。
私は自分を落ち着かせることにこだわりました、それが殿を送るに
ふさわしい態度だと思っていました。それは何とかできた気がします。
あの世で母や沢山の仲間と会えるね。縁あって一緒に暮らした日々。
喧嘩もしたけど幸せだったね。殿の子で良かったよ。俺もそのうち
行くからね。都合の良いことは信じることにしました。
おじちゃん復活
【返信元】 Re: 短い夢
2013年12月08日 21:36
虹さんこんばんは、
思うようにならないことが多いです。失敗も多いです。
ときどき感情に負けることもあります。
でも、時間が経てばオバカの力で復活します。
おじちゃんはこれしかなさそうです、おほほ
Re: 短い夢
【返信元】 短い夢
2013年12月06日 21:23
おじちゃん。寒くなってきたね。
師走、いろいろ物思うときです。
ましてやですね。
どうぞ、ゆっくり考えて、いろいろ教えて下さいね。
また元気でばったり会えますように。
わたしもしっかりしなくちゃな。
短い夢
【返信元】 半月が過ぎました
2013年12月04日 09:32
短い夢のような一生ですが、それは充分に見がいのある夢だと思います。
夢であっても、心も体も、痛みを知っているし、喜びも幸福も感じることが
できます。そう思うと人の存在もなかなか意味深いものにもなってきます。
殿は大正11年7月13日、この世に人として生まれました。そして昭和23年
3月18日に私の親になりました。人としての活動を終えたのが、先月12日
91年と4ヶ月の人生でした。私は殿が残したものを引きずり、こうして
何かを感じ、パソコンに向かいます。私が世話をすることで殿が生きていた
時間はそれほど長くはありませんでしたが、今思えば、私は介護に意味深い
ものを感じていました。それは私の人生に意味を与えてもくれました。
泣いたり笑ったり滅茶苦茶なところもありましたが、充分に見がいのある夢でした。
気持の良い涙や、心底からの喜びもありました。それは殿も同じだったと
思います。介護を終えて感じるのは、私はこれから何をすれば良いかです。
キリギリスのように今を楽しむか、それとも、蟻のように少しづつ何かを
積み重ねてゆくのか考えますが、介護の何かに関わりたい気持が強いです。
それは難しい夢かも知れませんが、それほど介護は大きな出来事でした。
私はいくつもの事を同時にうまくできるほど器用ではありませんから、
何か一つのことをコツコツ続けたいと思います。焦らずゆっくり考えます。
[ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 31 ]