介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
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2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

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半月が過ぎました
【返信元】 虹さん ありがとうございます。
2013年11月27日 09:40
殿が亡くなって半月が過ぎました。
私もだいぶ落ち着いて来ました。
殿は慢性両側硬膜下血腫という診断を受け、
2度に分けて手術をしました。
命はとりとめたものの、以前の殿とは少し変わりました。
長いような短いような7年半でしたが、
父は身をもって3人の子供に人生を教えてくれました。
殿は認知症になっても最高の父で、私は幸せな介護者でした。
お父ちゃんありがとう。
虹さん ありがとうございます。
【返信元】 Re: 殿 お疲れさまでした
2013年11月19日 14:27
私は大丈夫です。
今は、脳みそが、殿のことに集中気味です。
この集中が、感情というものなのかも知れませんね。
介護の中で、殿がいなくなった今が最大のストレスです。
母が亡くなった時には父がいました。今回は一人です。
泣いたり笑ったりしながら、慣れるのを待っています。
慣れは生きる力だと、介護で知りました。
ありがとうございました。
Re: 殿 お疲れさまでした
【返信元】 殿 お疲れさまでした
2013年11月17日 21:06
少しパソコンから離れていて、気がつくのがおくれました。
寒くなった来たし、心配していました。
長い夜がはじまりましたね。
とはいえ、しばらくは雑用に忙殺されていることでしょう。お疲れでしょうね。
故人のご冥福と共に、おじちゃんの心身の安らかなことを祈っています。

いつか折を見て、ゆっくりとおつかれさま会をできたらいいですけれど。
くれぐれもお力落としのないようにして下さい。おじちゃんは立派でした。
わたしもおじちゃんの言葉をかみしめて、見習って、しっかり母と向き合いますね。
殿 お疲れさまでした
【返信元】 ありがとうございます。
2013年11月15日 22:30
とうとう殿が旅立ってしまいました。
11月12日朝、私が起きるのを待つように
殿は静かに息を引き取りました。
死亡診断書には硬膜下血腫後の認知症とありました。
もう、殿の部屋から私を呼ぶ声は聞こえません。
殿の臭いのする汚れたオムツを捨てるのが辛いです。
通夜、葬儀と慌ただしく過ぎました。親戚とバカな
話しをして笑ったりしていましたが、一人の夜が
こんなにも辛いとは予想外でした。
早く慣れなくてはいけませんね。おほほ
ありがとうございます。
【返信元】 応援しています&お知らせ
2013年11月09日 15:47
虹さん ありがとうございます。
殿は少し立ち直り、今日デイに行きました。
本当に、確実に殿は弱ってきています。
白陽会は故人の多い写真サークルです。
佐藤さんの残した写真は貴重です。
応援しています&お知らせ
【返信元】 虹さん ありがとうございます。
2013年11月07日 18:40
お大事にしてください。
☆ 読売新聞朝刊に、熊谷の偉人・映画プロデューサー・原正人さんの「時代の証言者」、連載が始まっています。
戦前の熊谷のようすからはじまり、熊谷空襲の回では、佐藤虹二の写真が掲載されました。
10/31~で、月から木曜日、そして日曜日のシリーズです。
虹さん ありがとうございます。
【返信元】 Re: 認知症の介護
2013年11月03日 22:37
介護者は励ましの言葉があると頑張れます。
いつもありがとうございます。
私にも本当のことというのは結構辛いです。
今日、ショートから帰った殿は不調です。
言葉も力無く、何を言っているのかわかりません。
血中酸素濃度が低いようです。
そろそろ酸素吸入が必要なのかも知れません。
掛かり付けのお医者に明後日相談してみようと
思います。貴重な日々をできる限り快適にして
やりたいと思います。
Re: 認知症の介護
【返信元】 認知症の介護
2013年11月02日 23:11
介護は自分を鍛える。
介護は生前供養だ。
実に実に、胸にズキーン。
今、千葉にいて、書いています。感情過多の私だし、今頃になって親に甘えている私なので、いろいろ反省しました。
おじちゃんの文章は、いいなあ。
本当のことをしっかりみている人の確かさが、ありますね。
いつも目を見開かされます。ありがとうございます。
認知症の介護
【返信元】 介護の自戒
2013年10月28日 18:06
殿の介護がさらに難しくなりました。食事と口腔ケアが問題です。ほとんど食欲がなく
遊び食いという感じです。目の前に大好きなカレーがあっても食べたいという欲求は
ないようで、ひたすら「アーアー、ウーウー」と声を出しています。「殿、まんまだよ、
口を開いてください」と言ってサジを口に触れても開いてくれなかったり、少しだけで
途中で閉じてしまったり、サジを強く噛んでしまったり、しまいには入れ歯を口から
出してしまいます。口腔ケアも注意が必要で難しくなりました。視線も定まりません。
衣服の脱着も私一人では難しくなりました。脱着しやすいものに替えようと思います。
オムツの取り替えも嫌がり、お尻を奇麗に拭くのも「よせよ〜やだよ〜」などと騒ぎます。
ほっておいたら、何も食べず、水分不足ですぐにまいってしまうでしょう。
「いっぱい食べて元気になってね」などと機嫌をとり、どうにか毎回の食事を終えます。
私が無理に殿を生かしているように感じることもあります。
そんな殿でも、頭を撫でて「お父ちゃんが大好き」などと言うと少しは嬉しそうです。
私の関わり方が殿の周辺症状を生み出しているのかも知れないと思うこともありますが、
判断は難しいです。認知症で言うことを聞けない親を前に、自分の関わり方の見直しを
冷静にするのは難しいことです。でも、その困難を突破しない限り現実は変わりません。
それは、親の姿の中に自分の姿を見い出せるかどうかだと思います。他人が嫌な顔をした
のを、直前の自分の言動にあると直感するのは誰でも普通に行うことです。
なのに、普通と違う親の言動を前にすると、それがうまく出来ないのはなぜでしょう?。
いつでも、殿のことが好きなわけではありません。嫌いだと思うことだってありますが、
それは仕方ありません。殿も機嫌が良ければ「ありがとう」などということもあります。
私の料理を「うんまいよ〜」と食べます。それだけで「お父ちゃんが大好き」の復活です。
多くの場合「介護から解放されて自由の身になりたい」と感じるのも無理はありません。
でも、親を介護することで、自分の常識を見直すことを経験をされた方も多いでしょう。
特に認知症の介護は、介護者の心を鍛えます。心だけでなく、他の人を理解するための
考え方を広げてくれる面もあります。殿の介護は新たな局面を迎えています。私は私の
やりかたで何とかこの困難を乗り越えたいと思います。私は川を上らない鮭になります。
大海の波に揺られ、付かず離れず、ゆるりと殿の隣りを泳いでゆこうと思います。おほほ
介護の自戒
【返信元】 Re: ご病気だったのですね
2013年10月03日 17:54
私にも介護の失敗は数々ありますが、最も多いのは感情的なものです。
猫は、障子を穴だらけにして逃げる。布団を破いて綿を出して遊ぶ。
殿は、ご飯をこぼすだけでなく、入れ歯まで出してしまい、食べない。
うんちをお漏らしして、ダメだと言うのにギャーギャ騒いでうんちを
いじって布団をよごす。やっと奇麗にしたと思ったら、そのまま再度
お漏らし。認知症の介護は難しいものです。自分もあちこち痛いのに…
こんなにも頑張っているのに…。言葉もうまく通じません。そんな時に、
私は殿を必要以上に怒ってしまったり、お尻を叩いたこともあります。
そのとき、私は殿の気持を理解しようという気持を忘れています。
感情で脳みそが興奮して冷静ではなくなっているのです。
人は自分の幸せを忘れると、他の人のことは見えにくいものです。
自分が不幸でピンチだと思う程に自分のことしか見えなくなります。
当然、冷静になるとその気持は間違いであることがわかります。
自分の毒抜きにはなるかもしれませんが、介護を楽にするためには
ほとんど意味もないどころか、かえって介護を難しくします。
自分が冷静に介護できていないことを思い知ります。60年以上も生きて
きて、まるで駄々をこねる子どものように老いた親に甘えているのです。
自己嫌悪という気の利いたものではなく、自分は簡単な理屈も忘れた
馬鹿野郎で、ただ、動く虫に反応して障子を破く子猫のようです。
介護では今まで隠されていた幼児性が双方に出ます。まるで子供の
喧嘩のようです。私は、世界にどんな悲惨があるかを知っています。
自分の冷酷な面も少しはわかっています。生き物の宿命も知っています。
そんな自分の知識や経験を役に立たなくする感情って何なのでしょう。
でも、感情は悪い事ばかりではなく、人の活動のエネルギー源でも
あります。楽しさや嬉しさも感情です。うひょひょも感情なのです。
ある時、気付きました。感情に振り回されてはいけないと。気持良く
介護できているときは、私は冷静に経験を生かしています。
そんな時の私は、微妙な殿の感情も考慮し、より良い方法を選択して
います。言い換えれば、殿の感情を利用しているとも言えます。
これは社会生活では当たり前のことですが、余裕のなくなった介護では、
それができなくなります。感情には、根拠がなくても、それを真実と
してしまう理屈抜きの野生的なパワーがあるようです。
そんな私ですから、完璧な介護なんてできません。完璧主義は完璧
でない自分を責め続けてしまいます。それは良くありません。
自分の失敗を、節操なく、あっさり許せないと介護は悪循環です。
悲しさに負けない冷静さと、それに支配されない自由な心が必要です。
辛いのは介護だけではありません。どんな状況でも、ろくでなしでも、
人間としての知恵を少しは活かし、少しでも楽しく今を生きることでしか
平和な気持に至る道はないように思います。
介護で苦しんでいる時にはうまくゆかないことばかりを見がちです。
ご飯をおいしく食べて、立派なうんちが出たときの喜びを見落します。
少しでも笑っておしゃべりができれば「うひょひょ」です。
感情は0か100が好きなようです。でも、私達には0も100もありえません。
どんな小さな希望でも、それを忘れず介護してゆくしかなさそうです。
たどり着いた自戒ですが、今でも感情に支配される失敗もあります。
介護は生前供養だという話しを聞きました。そうかも知れません。
Re: ご病気だったのですね
【返信元】 ご病気だったのですね
2013年10月01日 11:46
虹さん コメントありがとうございます。
手術後1ヶ月。やっと痛みが気にならなくなりました。
殿との会話も難しいことは通じなくなったので、
できるだけ簡単な言葉を使っています。
難しいのが殿の言いたい事を聴くことです。
やたらに私を呼びます。「殿、何の用ですか」
殿は「わかんねえ」と言います。
心細くて、私がそばに居て欲しいようです。
可愛い殿です。そまつにはできませぬ。おほほ
ご病気だったのですね
【返信元】 介護のお仕事
2013年09月30日 13:39
いま、久しぶりにここを開いて、気がつきました。
もう落ち着いた頃でしょうか。
なにも知らず、なにもできませんでした。ごめんなさい。
介護を仕事とする末端の一員(登録ヘルパーといたたでけのことてですが)として、実に含蓄の多い記事でした。
人はいつどうなるか。みんなお互い様です。だから、いつもいろんなことに気づける感受性をなくしたくないなと思います。
どうぞどうぞ、ご無理のないように。夏の疲れが出てくる頃ですが、みなさまお大事になさってくださいませ。
介護のお仕事
【返信元】 弱い立場
2013年09月23日 09:00
介護はとても難しい仕事だと思います。その介護職の地位が低く見られるのは、大きな
間違いだと私は思います。忍耐力や冷静な観察力、体力、思いやり、優しさも必要です。
相手に合わせる事の出来る柔軟な姿勢と、想像力、演技力も必要です。小さな出来事も
繊細に感じ取り、それを分析し、生かせなければなりません。何より、理想を求め続ける
向上心が必要です。誰にでもできる簡単な仕事でないのは、実際に介護をすればすぐに
わかります。私たち家族介護者は多くの場合、介護の対象は一人です。大勢の要介護者に
対応する介護職には、理想と仕事に対する誇りがないと良い介護を続けるのは難しいでしょう。
現実には、それらを全てを備えた人材は少ないかも知れませんが、多くの介護職の方は
その責任を自覚し、頑張っていると思います。でも、エゴは誰の心にも潜んでいます。
介護者としての誇りを忘れず、合理性を追求する規則の中でも、理想を見失わず、奮闘する
専門家の方を私は尊敬し、感謝し、見習いたいと思います。
介護は尊いとされるべき仕事です。良い介護は、平和で幸福な社会につながる気がします。
弱い立場
【返信元】 今、介護されています。
2013年08月28日 18:23
私は、先日手術のために二泊三日で入院しました。検査などで機械的に部署を
回され、弱い立場になってしまった自分を感じました。介護される立場です。
ところが、入院した病院の看護師さんの態度に驚きました。当然かもしれませんが、
「採血してもよろしいですか」「検温してもよろしいですか」と同意を求めます。
「何か不安がありましたら何でもお話しして下さい」などと実に丁寧です。
病気と関係ない話しにも耳を傾けてくれるし、説明も丁寧で見事です。それが
特定の看護師さんだけでなく、全員に徹底しています。私の殿の介護にはない
態度です。看護師長さんを見たくなりました。他の入院患者さんも同じことを
感じたそうです。患者を大切にする姿勢が徹底しているのです。でも、キャラに
似合わない感じのする看護士さんもいらっしゃいます。それは難しいところです。
絶食1日、水分は2時間前まで、ついに私は手術台に乗りました。
「ドラマでよく見る手術室ですね」という私の言葉に「今はあなたが主人公です」と
看護師さんは言いました。なかなか言えない言葉だと感じました。患者を大切にする
普段の気持が言わせる言葉かも知れません。介護に生かしたいと思います。
今、介護されています。
【返信元】 Re: 久しぶりの殿の笑顔
2013年08月21日 20:44
ぐみさん ありがとうございます。
現在私は殿の介護を弟に任せています。
手術をして、腹筋が痛くて介護ができません。
全身麻酔や導尿も経験しました。
弟は私と殿、二人の介護をしている状態です。
短い病院生活でしたが、介護(看護)される
ことを経験して、感じる事もありました。
介護も看護も安心してもらうことが大切ですね。
Re: 久しぶりの殿の笑顔
【返信元】 久しぶりの殿の笑顔
2013年08月19日 16:01
ご無沙汰しております!
いつも投稿読ませていただいてます。
家族介護の大変さを感じるとともにおじちゃんの頑張りに感心 させられています。
肉親とはいえなかなか出来ることではないです。
殿もおじちゃんもまだまだ続く暑さに気を付けてお過ごしください。
久しぶりの殿の笑顔
【返信元】 熊谷花火大会
2013年08月16日 20:43
久しぶりに殿が最高の笑顔を見せました。
今日、銀行員が我が家にきました。古くなった通帳の書き換えの為です。
私が介護でなかなか行けないと言うと「お伺いします」とのことでした。
美人の銀行員さんですので、いつもの「この人と結婚するのでよろしく」を
お願いしました。銀行員さんは快く引き受けてくれました。
一緒に殿の枕元に行き「今度この人と結婚することになりましたのでよろしく」と
殿に言うと、銀行員さんも「よろしくお願いします」と笑顔で言ってくれました。
殿は最近見られない青空のような笑顔で笑い返しました。殿も本気にしたわけでは
ないのですが、この冗談が好きなのです。うひょひょです。銀行員さんにも伝わる
仏様のような最高の笑顔です。さらに私は「この人を知ってるかい」と言います。
殿は久しぶりに「こんな美人は見たことねえ」銀行員さんも青空のような笑顔です。
帰り際にお礼を言うと「また来ますから、その時もやりましょう」と言ってくれ
ました。人生、捨てたものではありません。おほほ
熊谷花火大会
【返信元】 要介護5 殿の一日
2013年08月10日 20:09
今夜は熊谷の花火大会。殿に見せようと車椅子で連れ出しました。
「殿、見えるかい」にも返事はありません。「きれいだね」
返事はなくとも繰返していると「見える」といいました。
どんな風に見えるのかわかりませんが、花火の方を見ています。
そのうち「もういい」と言います。花火を楽しむという感じは
あまりないようです。車椅子で移動するだけで「アーアー」
「ウーウー」と苦しそうな声を出しています。クーラーのきいた
部屋に戻ると安心したのか静かになりました。
2013年8月10日なんだか切ない花火大会です。
要介護5 殿の一日
【返信元】 私のイライラの原因とお気楽な対策
2013年07月11日 10:56
殿は眠っていない時には「アーアーオーオー」と辛そうな声を出すことが多く、
気になって、とても隣では眠れません。心配ですが、離れた部屋で寝ています。
そこで、朝一番の仕事は殿の確認です。口を開けて寝ている殿を見て安心します。
口の回りに乾いたタンや鼻水が大量にこびり付いていることも珍しくありません。
「殿、おはようございます。私は誰でしょう」「わかんねえ、だ誰だ」が多いです。
何とか可愛い倅を認識してもらい、食事の支度です。殿の食事は全て食べやすい
ように柔らかくし、細かく切ります。私は先に食べてから殿を起こします。
初めにオムツ交換です。うんちが出ていたら、とりあえず殿をころがせ、
下にシートを敷き、紙でおおよそ拭いてから、ポータブルトイレに座らせます。
ここからが大変です。「まだ出る」と言い張り、1時間は座り続けます。長いと
3時間にもなります。6時に始まったトイレが、終わるのが8時になるのも普通です。
殿は疲れて、手すりにもたれかかり、お尻はとんでもない方向を向いたりします。
何度も殿に「終わりましたか」とご用聞きに行き、よだれを拭き、体勢を整えます。
何とかトイレが終わったら、ベットに寝かせ、お尻をさらに奇麗にしてから
オムツ交換です。オムツ交換も、お尻を拭くときも「ギャーギャー」騒ぎ、まるで
虐待されているような声を出します。「バカヤロウやチクショウ」も出ます。
「殿〜ッ我慢してください。奇麗にしないと大変なことになるよ」「わ、わかった」
わかったと言うそばから騒ぎます。これはお互い辛いですが、しかたありません。
その後、動きにくくなった手足の柔軟体操をします。3分程ですが、1日3回は
欠かせません。やはり騒ぎます。「殿、みんな終わったよ。気持良くなったろう」
殿は「ありがとう」と言う事もあります。うひょひょです。
それから朝食です。殿は自分では食べられません。「ご飯だよ〜うんまいよ」と
口にもってゆくと開いてくれますが、あまり食欲がないときは、大きな口を開けず、
口の中にスプーンが入る前に口を閉じたり、スプーンを咬んだままだったり、
ご飯を噛まずに止まってしまったり、難しい食事です。当然ですが、大量にこぼします。
体勢もうまく維持でず、リクエアイニングの車椅子は寝かせた状態です。首も曲がり、
頭を支えて前を向かせ、スプーンを口に入れます。こぼしたものもエプロンから
スプーンですくい上げ、もう一度食べさせます。その間に牛乳にトロミ剤を入れて
撹拌しておきます。最近は30分位で食べてくれるようになりましたが、
食べない時には3時間もかかることもあります。食事は最も大変な仕事です。
牛乳も飲み込むのがヘタになり、少しずつ口に入れます。ときどき咽せて吐き出す
ので、細心の注意が必要です。これを一日3回繰返します。
夏は食事外にカルピスなどで水分補給も必要です。飲むのが面倒なのか「いらない」
ということが多く、根比べになります。食事と水分補給は一番大切な仕事です。
オムツ交換は最低4回、軟便などになると。多いときは5回6回にもなります。
確かに介護は面倒な作業ですが、慣れるから不思議です。外にも様々な困難も
ありますが、まずは、食べて出せれば、めでたしめでたしです。
私もうまくゆかないことが続くと、気持が落ち込むこともありますが、今後は
さらに難しい状況も想像できます。どこまで笑顔で介護できるか不安ですが、
「今さらバカは恐くねえ」殿のお言葉を見習い、できるだけ明るく、楽しく
無邪気に介護してゆきたいと思います。
私のイライラの原因とお気楽な対策
【返信元】 食事介護
2013年07月04日 11:52
落ち着いて考えると、イライラの原因はいつも自分の中にありました。
怒りを我慢しているのです。私と殿の間には、65年間で身に付いた
心の習慣のようなものがあります。親子のルールのようなものです。
殿は認知症が進みました、当然ですが理不尽な事を言います。我慢も
できません。簡単な話も理解できません。私の体調や都合も考慮せず、
やたらに私を呼びます。それに対して怒りを感じてしまうのです。
私の中に、認知症だからと、それをすんなり許せない感情があるのです。
介護のプロなら認知症だからと簡単に許せることでも、長い歴史のある
親子だからこそ感情的に許せなくなってしまうのです。私を悲しませる
殿に対して怒りが向いてしまうことさえあります。これは甘え合戦です。
殿の認知症の症状を許さなくてはいけません。自分の失敗も許さなくては
なりません。自分の苦しさは、自分で何とかするしかないのです。
認知症に無理な期待をするのも、自分で簡単に限界を決めてしまうのも
間違いだと知りました。初めの頃から思えば、自分でも驚く程進歩したと
思います。でも、それは慣れただけなのです。介護はそれぞれの事情で
様々ですが、必要以上に恐れると、ますます苦しくなってしまいます。
様々なサービスもあります。助けてくれる人もいます。無駄な誇りを捨て、
無理をせず、自然に任せれば、同じ間違いを繰返しながらも、気持は
少しづつ、より良い方向に流れてゆくように思います。
たぶん、献身だけが介護を楽しくし、幸せな記憶につながる気がします。
介護はいきなり始まり、ほとんど初心者です。混乱するのは当然です。
自分の外側に理由を探してみても、介護は続き、その改善は困難です。
考えてみれば、私達はたくさんのピンチを切り抜けて生きています。
私にもそれだけの知恵と適応力があると信じ、気楽に頑張り続けます。
私の介護の限界は、まだまだ先のようです。おほほ
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