介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
【閲覧数】104,616
2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

書き込み数は618件です。 [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 31 ]
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思いやり
【返信元】 心の習慣
2013年03月01日 20:04
思いやりは助け合いです。これが必要なのは震災などでも感じました。
人はピンチになるほど、助け合うことで互いに生存しやすくなります。
社会を作り、その利益を受けて生きる人間には合理的な考えだと思います。
学校や会社など、あらゆる場面でそれが機能しなければ社会の混乱は避け
られません。いじめや差別などを肯定する社会では、ひとは凶暴に生きる
しかなくなります。猫や犬さえ優しくされると喜びます。
未来の子供達は、そんな優しい社会で安心して生きて欲しいと思います。
介護では、ごまかしのきれいごとは通用しません。自分がどう生きたいか
どうありたいかを改めて考えることになります。
心の習慣
【返信元】 一人と一匹の介護
2013年02月28日 11:04
介護は、見たくない自分。好ましくない自分。みとめたくない自分にも
向き合わなければなりません。ギブアンドテイクに慣れた心には怒りや不満が
心を占めることもあります。でも、介護はギブアンドテイクでは成り立ちません。
互いに与え、受け取り合う。この関係は良いと思います。でも、相手に与える
ものと、自分が受け取るものを、値踏みをする気持ちが生まれることもあります。
こんなに与えたのに、これしか貰えないと感じてしまうのです。介護がそれでは
済まない事はすぐにわかります。それで止まると、介護そのものは苦しくなります。
個人主義が定着し、介護保険が始まり、社会的介護が言われ、多くの介護が苦役に
なっているように感じます。心の習慣がいつの間にか世知辛くなっているようです。
与えるだけの介護と思う事もありますが、本当は与えるだけではないと思います。
受け取るものもたくさんあるのです。だだ、そんなのいらないという場合や、
受け取り方がわからない場合もありそうです。高齢化社会は始まっています。
介護が、優しい社会を作る契機になることを期待します。
介護では、今まで気付けなかった小さな幸せが見えたり、要介護者が思いも掛けない
ほど可愛いと思えたり、ただ笑い合うことに幸せを感じたり、自己満足もあります。
「誰だか知らないけど、ありがとう」なんて言われると結構悦に入れます。
避けられない介護ならその中に飛び込み、それを感じ尽くすのも悪くないのかも
知ません。誰でも介護してもらうようになる可能性はあります。予行演習です。
介護されるより、している方が楽なのを忘れないようにしたいと思います。
一方、誰でも無理と思われる厳しい介護状況が改善できない場合もあります。
施設に入所を断られたり、入れる施設が見つからなかったり、経済的に行き詰まる
場合もあります。介護保険は、それらを助けられるようにしなければなりません。
一人と一匹の介護
【返信元】 頑張り時
2013年02月19日 17:51
殿の調子が良くなりました。幻覚も消え、倅もわかります。
介護が楽になりました。こうして少しづつ弱ってゆきます。
切ないですが、しかたありません。
介護猫のおばやんが怪我をしました。何かを踏んだらしく
三本足で歩いています。傷を見ようとすると引っ掻くし
噛み付きます。あまり痛そうなので動物病院にゆきました。
どこでもかまわず飛び回り、刃物にもじゃれつくので
足を切ったようです。かなり深い傷です。
抗生物質を飲ませて様子を見ることになりました。
さすがにおばやんも、静かに足をなめています。
一人と、一匹の介護をしています。でも、介護されるより
するほうが良いのは確かです。 おほほ
頑張り時
【返信元】 殿、優等生卒業
2013年02月04日 10:50
施設でもインフルエンザが流行。殿のショートを中止しました。
さらに、私の腰痛も出て、殿も不調で、少し疲れ気味でした。
今は頑張り時です。施設のインフルエンザ流行は、入所者の死亡に
つながる恐れもありますから、施設の職員さんも頑張り時です。
たぶん人は、何かを決めれば、姿勢が変わります。肝がすわり、
できるからやるのではなく、やればできるに変わります。
介護にはそうしたところも必要です。だからできない、だから無理
では、思考停止で感情が混乱し、体にも良くありません。
昔の介護は、今より何倍も大変なこともあったと思いますが、
家族の覚悟は今よりも良かったに違いないでしょう。
さあーおじちゃんも、気持を静めて頑張ります。いざとなれば
介護奉行2号が助けにきてくれるのが心強いです。
殿、優等生卒業
【返信元】 殿が笑った
2013年01月24日 09:42
さすがの殿も、病には勝てません。
認知症の優等生でしたが、最近はかなり困ったちゃんになりました。
デイから帰っても家に帰ると騒ぎます。
私が言うことを聞かないと、亡くなった家族を呼べと言い張ります。
否定してはいけないと言われますが、それは本当です。
そうすると、ますます意固地に言い張ります。
タバコが吸いたいと言うのですが、吸わせると、火を触り、落とし
タンが出で苦しそうです。ダメだと言えば自分で歩いて買いに行くと
言い張ります。歩けないのを理解させるには、立たせてみるしか
ありません。立てないとわかっても、すぐに忘れますから、
同じことを何度も繰り返すしかありませんが、危ないです。
ご飯の時間に起こそうとすれば、いらないとダダをこねます。
何とか食事に持ち込めば「うんまいよ〜うんまいよ〜」と食べて
くれるので、まだ良いのですが、進んだ認知症の対応に慣れるには
少し時間がかかりそうです。施設でも困らせているようです。
施設ではどう対処しているのか聞いてみようと思います。
殿が笑った
【返信元】 幸せな瞬間
2013年01月23日 19:36
幻覚はあるものの、我が殿の笑顔が復活しました。
自分の家もわかるし、可愛い倅の私も認識できます。
視線も定まり、落ち着いてきました。
今日は殿に二人のお見舞いがありました。一人は親戚の
お婆ちゃんです。結局誰だかわかりませんでしたが、
殿お得意の「こんな美人は見たことねえ」も出て
殿もお婆ちゃんも笑顔になりました。
もう一人は私の養老保険の手続きにのために来た保険会社の
美人事務員です。仕事が終わった後、お願いして殿に会って
もらいました。一緒に殿のベットに行き、いつもの冗談です。
「殿、今度この人と結婚することになりましたのでよろしく」
殿は最近にない最高の笑顔で女性に笑い返しました。
殿は、今もこの冗談が好きです。
女性も楽しそうに調子を合わせてくれました。おほほ
幸せな瞬間
【返信元】 殿、不調
2013年01月14日 15:02
私が介護にゆきずまりそうになるのは、ほとんど頭を使った時です。
理性で我慢したり、計画してもほぼ途中で破綻してしまいます。
我慢すると、介護の魔物はどんどん大きく育ちます。
感覚で接しているときは、たとえ言い合いになっても限界では
ないように思います。妙な信頼感が今でもお互いに残っています。
ほとんど何も考えずに、その場を楽しくするため、子どものように
適当に遊んでいる感覚の方が結果は良いように感じます。
楽しさは楽しさで、怒りは怒りで、不安は不安で返ってきます。
感情は感情でしか変えられないのです。
介護の初期、頑張らない介護が大切だと言われるのがわかりませんでした。
ずっと頑張っていました。現在の介護は、あの頃の気持だと続かないと
思います。うまくしたもので、余計な心配をしなくなりました。
諦めも少しは良くなりました。何より殿に過剰な期待をしなくなりました。
主治医の言葉を信じ、幻覚を気にせず、適当に殿の話に合わせます。
そうすれば、やることは多くはありません。殿に合わせて食事を作り、
食べさせ、掃除洗濯をし、薬を飲ませ、下の世話をします。
殿が「オーオー」と呼んだら「殿、何用でござりますか」
何度も行ったり来たりしますが、たいした苦労ではありません。
殿がデイやショートの時は、ドライブや介護者サロンにも出席します。
時々は水切り遊びもします。会社で難しい仕事を抱えている時より、
よほどストレスはありません。殿のお陰で自分のおばかも納得です。
殿のお言葉「昔からバカだから今さらバカは恐くねえ」私も実行します。
そして、殿も私も子どもじみた冗談で笑い合います。
「笑うより良いことはねえ」殿のお言葉そのものです。
それは認知症も何も関係なく、全ての人の幸せな瞬間です。おほほ
殿、不調
【返信元】 あるメルマガの一節です。
2013年01月11日 22:26
3日ほど殿が不調でした。一日中騒ぎ、目つきが違います。
キョロキョロ黒目を動かし、色々なものが見えているようで、
良く聞き取れない、意味不明なことを言い続けます。
幻覚が続き、とても不安な様子で、私が布団に潜り込み、
話をして気を紛らわそうとしても「お前は誰だ」です。
それでも倅の名前は覚えていてすぐに呼びます」
「何か用ですか 私が可愛い倅のヒロシです」
「ココハドコダ」「殿の家ですよ」「チ、チガウダロ」
「私は殿の可愛い倅ですよ」「チガウダロ、ヒロシワドコダ」
「ここだよ」「ド ドコダ」「ココハドコナンダ」「ギャー」
手を握ると思い切り握り返します。不安なのがわかります。
体も硬直、震えもあります。何をするにも指示が伝わりません。
今までも何度かこれに近いことはありましたが、今回は特に
混乱しています。認知症が進行しているようです。
夜は布団をどかしてしまうので、目が離せません。
ところが、今日は昼頃からかなり安定してきました。
言葉もはっきりしてきて、会話も何とか成立します。
指示も伝わり、入れ歯も自分で出せました。笑顔も見られ、
食事も「うんまいうんまい、うんまいよ〜」と叫び、快調です。
布団をめくることもなく、静かに眠ります。今夜は別の部屋で
寝ても大丈夫そうです。最近は変化が大きくなりました。
頑張り過ぎない介護とは、余計な心配をせず、期待し過ぎず。
できることをしっかりやること。自滅は避けたいです。
あるメルマガの一節です。
【返信元】 殿の正月
2013年01月07日 22:03
心身に衰えを生ずるのは、誰でも避けられないことです。
ときには認知病になる人もいるでしょう。でも、そんなときでも
人として、尊重され、人生の最後を伴走してくれる人がいたら、
それは、大きな安らぎになるはずです。
それは希望に満ちた未来ではないかも知れません。
でも、人としてどう終わるかを、見せてもらえる場になります。
一人の人が、それこそ、命の尊厳をかけ、教える場となるのです。
効率ばかりが優先され、生産することに多くの価値がおかれ、
そうでないものは、無用であるとみなされがちなこの社会で、
もしかしたら、介護は、ぎりぎりのところで、人が人として
どうあるべきか(あって欲しいかを)確認できる場なのかも
知れません。問題は、そのことに価値をおかない社会のありよう
そのもので、そこで、傷つき挫折していく人たちの問題では
ないのかも知れません。
殿の正月
【返信元】 良く寝てます
2013年01月04日 17:59
あけましておめでとうございます。
今年の正月は、殿の一族、全員は集まりませんでした。
末の弟は介護職。正月もなく働いています。尊い仕事です。
そのかわり、殿は2番目のひ孫と初対面できました。
でも殿は、それも理解できません。皆が誰かも良くわかりません。
それでも皆が帰る時、私が「殿、お言葉を」と言ったら
「みんなしっかりやるんだぞ」と言いました。去年とほぼ同じです、
みんな、お言葉ありがたく頂戴致しました。
今年もよろしくお願いします。
良く寝てます
【返信元】 殿、不調
2012年12月30日 10:27
昨夜の殿は、ほぼ一晩中騒いでいました。
布団をめくってしまうので、殿の隣に引っ越しました。
二人とも寝不足で、殿は朝食後すぐに「寝る」というので
寝かせました。今は静かに良く眠っています。
今朝の殿は、疲れたのか、目つきも落ち着いています。
昨日の殿は認知症介護の本にあるような状況そのものでした。
私も不思議と冷静に対処できました。慣れは大きな力です。
殿の布団に潜り込み、殿と共有できる話をするのが効果的です。
そうすると、落ち着きます。ただ、殿の言葉が聞きにくいので、
何度も聞くことになります。殿はますますイライラするし、
適当に返事をするとわかるようで、これが結構大変です。
まずは、めでたし、めでたしの朝です。
これから私も昼寝です。今年も大掃除はパスしましょう。
「埃で死ぬ奴は居ねえ」殿のお言葉です。おほほ
子猫のおばやんは、そんなことは関係なく、家中を走り回り、
殿の布団に駆け上がり、ご機嫌です。
殿、不調
【返信元】 頑張らない介護
2012年12月29日 17:59
今日は朝から殿の幻覚がいっぱいです。
車を運転して誰かを送ると言います。
石が飛んできて「あぶねえ」と言います。
自分の家がわからず、家に帰るといいます。
「ここは殿の家ですよ」
「バカ言うんじゃねえ」
家中連れ回し、夕方になってやっと我が家を認識
途中私のこともわからなくなりましたが、
今は認識できます。
「私が殿をお守りしますから安心して下さい」が
やっと通用するようになりました。
今は少し落ち着いています。
歩けると言い張るので、補助して歩きました。
普段は歩けないのに、根性で3mも歩きました。
これが毎日続くと介護はかなり大変になりそうです。
頑張らない介護
【返信元】 ろくでなしの介護
2012年12月28日 12:18
頑張らない介護の意味が今ひとつわからないでいました。
最近思ったのは、必要なことをすれば良いということでした。
必要以上に心配し、必要以上に理想を追いかけていました。
リハビリも頑張り過ぎたかも知れません。食事も毎日3時間も
かけて無理に食べさせました。難しい事ですが、諦め時の選択が
正しくなかったかも知れません。
昔から子どもは、こうして少しづつ親を見送る準備をしたのです。
最近の殿は視線がおかしくなりました。必要な時にその方向に
目が向きません。見当織の障害が介護を難しくしています。
ろくでなしの介護
【返信元】 子猫のおばやん
2012年12月27日 09:26
私は近所では、少しは親孝行な息子だと思われているようですが、実は、心の中はそうでもない面があるのを自覚しています。それは、イライラです。これは怒りを我慢している状態です。たぶん、怒りに似た悲しさも同時にあるかも知れません。
時間は奇麗に流れ、私も64歳になりました。親は弱くなるはずです。認知症になり、動けません。食事も自分ではできません。オムツをし、自分のうんちもいじります。時々「おまえは誰だ」と倅もわからないこともあります。当然、介護者の指示も伝わりにくく、ギャーギャー騒ぎます。
私も若くはないので、持病もあります。体調が良くない時など、当然のように私に頼る父にイライラするのです。でも、父は倅として誇れるところもない私を、あまり文句も言わず、当然のように育ててくれたのです。私はまだ父に甘えているのかも知れません。
父に酷い事を言った事もあります。父のお尻を叩いたこともあります。今の父は何も悪くないのにです。病気で年老いていくことを責める事など誰にもできません。ああ、それなのにイライラするのです。本当に私はろくでなしの親不孝です。
なんて気持になることも多々あります。でも、それはしかたのないことだと思っています。どうせ私はろくでなし、ろくでなしの介護をすれば良いのです。ろくでなしでも、介護には慣れます。父に歯の浮くような言葉も言えます。楽しい事もあります。余計な心配をしないで、父と今を楽しむことを考えていれば、それで充分だと思う事にしています。おほほ
最近、介護専門のサイトを覗きます。私と同じような気持を書き込む例も多く見られます。私は何とか介護できていますが、もう無理だと言い切ってしまう方も多いのに驚きます。
もちろん、病院などの施設でないと無理だと感じる事例も多いですが、今までの親との関係から脱しきれずにいる方もおられます。かなり無理のある自分の正当化をコメントする例も見られます。
自分の子どもを自然に育てられず、虐待する親も増えているようです。その子供達が大人にまで育った以上、扶養義務はあると言うだけでは無理があるかも知れません。個人主義が家族を駆逐してゆくのを感じます。
これが、このまま進めば、家族介護は良くないので、介護は家族と切り離して行うベきだともなりそうな勢いを感じます。おそらく、その方が経済全体から考えれば得策かも知れません。子どものいない私ですが、長い歴史を生き残ってきた、親孝行という言葉の意味や、家族という集団の意味を改めて考えてしまいます。
子猫のおばやん
【返信元】 動けない
2012年12月19日 13:39
捨て猫に縁があります。我が家の近くに捨てられた子猫を2匹看取りました。
助かりそうもない状態で我が家に来て、どちらもすぐに死にました。
死の直前まで咽を鳴らし、見事に死んでゆきました。
私が初めて死に直面したのは中学生の頃でした。祖母は脳軟化症と診断され
少しづつ認知症が進み、最後は酷い褥創でした。口は乾き、祖母の部屋は
何とも言えない臭気に満ちていました。今は亡き母が介護していましたが、
亡くなった時の母の悲鳴のような泣き声が今でも耳に残っています。
「人は死ぬのだ」ということを心の底から実感したのはその時でした。
今、我が家には元気な捨て猫がいます。親戚が、殿のペットにどうかと
連れてきましたが、元気過ぎて、とても殿の相手は勤まりません。
今では、殿をほとんど無視して元気に遊んでいます。
殿は母を知りません。殿を生んですぐに亡くなりました。殿は祖母に
育てられ、祖母を「おばやん」と呼び、お母ちゃん代わりに育ちました。
今でも殿は「おばやんはどこへいったんだ」とときどき言います。
母が看取ったお婆ちゃんは、後添いとして我が家に入った方です。
今思うと、キリスト教的な考えを、子どもの私に教えてくれました。
猫の名前は殿の祖母「おばやん」からとった名前です。、男の子ですが、
殿が覚えやすくする為にそんな名前にしました、ところが、おばやんは、
障子は破くし、殿を引っ掻くし、もの凄い好奇心で、悪気はなくても
悪い事ばかりしてしまいます。私の手も傷だらけです。猫はマイペースで
殿よりたちが悪いです。でも、それをとがめても猫にはわかりません。
殿の介護に大切なことを、猫のおばやんが私に教えてくれるのです。
子猫の好奇心は生きる為です。楽しそうな事を全力で探し、遊びます。
人も楽しい事が大好きです。それは、ほとんど猫と同じかも知れません。
そして、それが生きる力の本質だと、猫のおばやんが教えます。
猫のおばやんと一緒にできる限り楽しく、殿の介護をしたいと思います。

人生は辛い事や、思い通りにならないことと一緒に過ぎてゆきます。
それでも、家族の歴史には楽しいこともたくさんありました。
私の代で我が家の歴史は終わりますが、殿には4人の孫と、
一人のひ孫がいますから、しばらくは記憶に残るでしょう。
それでも、いつかはそれも新しい記憶に変わるわけです。
授かった奇跡的な命です。最後まで、子猫のように咽を鳴らして、
見事に終わりたいものです。今日は妙にしみじみです。…
もうじき殿がデイから帰ります。元気に迎えましょう うひょひょ
動けない
【返信元】 夜の山と老人
2012年12月16日 13:15
最近体力のなくなった殿は
半日起きているようにしていますが、
かなり疲れるようです。
体もますます動かなくなり、
オムツ交換の時、腰をうまく上げられません。
現在、リハビリパンツを使っていますが、
そろそろ別の種類にしなければならないかも
知れません。でも、食欲はあるようで、
食事時間が短いので助かります。
介護で最も大変なのは病気の心配ですが
以前のように熱を出す事もなく、
安定しています。幻覚も消えました。
夜の山と老人
【返信元】 おーおー殿が私を呼ぶ
2012年12月15日 13:40
インターネットで知り合った介護者から
こんな詩を紹介してもらいました。
50歳過ぎてから詩作を始め、89歳の時に
山の老人ホームで書いたものだそうです。

夜の山と老人

山はたそがれ
ホームの老人もたそがれて
山は暮れ
ホームの日も暮れて
山は夜のいろ
老人は夜の舟に揺られ
胸に一匹ずつ螢を抱いて
光ったり 消えたり
山は闇に坐したまま
光りもせず 消えもせず
老人は胸に明滅する神さま
を抱いてねむる
おーおー殿が私を呼ぶ
【返信元】 遊びをせんとや
2012年12月14日 17:56
殿は、調子の良いとき、やたらと私を呼びます。
「殿、何の用ですか」
「ほかの者はどこに行ったんだ」
これが最近は一番多くなりました。
「家には私と殿だけですよ」
「そんなこたあねえ」
そこからの説明は何度でもします。
最後は「そうか、わかった」
そしてまた「おーおー」と呼びます。
「殿、何の用ですか」
私も暇だから何度でも説明します。
その都度工夫しておもしろおかしく話します。
ここが介護者の腕の見せ所です。
そして「そうか わかった」
今でも殿は優等生です。おほほ
こんなのも介護の中の楽しみの一つです。
遊びをせんとや
【返信元】 殿の幻覚が消えたようです。
2012年12月11日 17:58
生き物は楽しい事が好きです。子猫も元気に遊びます。
人も同じで、いつでも楽しくありたいと願います。
それは認知症でも同じです。それが生きる力の本質だと思います。
今日の殿はさらに良くなり、笑顔も多くなりました。
介護奉行も殿と遊べて うひょひょです。
殿の幻覚が消えたようです。
【返信元】 介護の理想
2012年12月10日 20:37
3日前の殿はかなり不調でした。幻覚も多く、混乱していました。
確かに以前にも波はありましたが、一気に認知症が進んだ感じでした。
それが今夜は、かなり改善しています。食事も早く指示も伝わります。
そうは言っても確実に認知は進んでいますが、とりあえず一安心です。
昨日、兄弟が全員揃いました。そこで、殿が久しぶりに笑いました。
「殿、今日兄弟全員が集まったのは私の結婚が決まったからなんですよ」
「そ、そうか」「残念なんですが、花嫁は80歳ですけど」と言ったら
殿は「うひょひょ」と笑ってくれました。
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