介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
【閲覧数】104,608
2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

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殿の奇蹟
【返信元】 兄弟
2012年10月29日 20:10
今夜は殿の好きなカレーです。肉は柔らかくならないので
殿のスペシャルカレーはモツカレーです。何時間も煮込んだモツは
殿でも楽に食べられます。そのせいかも知れませんが、今夜の殿は、
すべて自分で食べました。前回の自力の食事もカレーでした。
いつも初めの一口だけ介助し、しばらく放っておくのですが
最近の殿は、いつまでたっても食べません。しかたなく全介助で
食べさせるのですが、殿は「うんめえ、うんめえ、うんめえよ〜」と
叫びながら食べます。おじちゃんは「よかった、よかった、嬉しいよ〜」と
調子を合わせます。それがどうでしょう、今夜はほとんどこぼさず
自分で上手に食べます。不思議です。久しぶりに殿を目一杯誉めました。
その後で「自分で食べただけで誉められてりゃこんな楽なことはないね」と
言うと、殿はまた少しだけ笑いました。うひょひょ
兄弟
【返信元】 難しくなった殿の介護
2012年10月29日 10:58
殿には子どもが3人。すべて男です。
長男の私は独身ですが、弟はどちらも近くに家庭を持っています。
みんな良く殿に会いに来てくれます。昨日も来てくれました。
「誰だかわかるかい」殿は「わかんねえ」と言うことが多くなりました。
「見たことはあるかい」「見たことねえ」認知症は進んでいます。
でも、昨日はすぐにわかりました。弟は単純に喜びます。
弟たちはいつも「あんちゃんの言うことを良く聞くんだよ」と言って帰ります。
おじちゃんは「殿、お言葉を」殿は弟に「しっかりやるんだぞ」と言いました。
「殿もしっかりするんだよ」おじちゃんも言いました。
殿は少しだけ笑いました。殿も笑うしかないとわかるようです。
まだまだ殿は優等生です。うひょひょ
難しくなった殿の介護
【返信元】 介護者支援せミナー
2012年10月28日 09:46
最近、殿のうんちが出るのが早くなり、朝の6時頃が多くなりました。
朝一番に「おはようございます。殿うんこは出ませんか」
必ず「出ねえ、ダイジョブだ」です。「本当ですか」「本当だ」
便意も不快感も感じないようです。「ちょっと見てもいいですか」
「ダイジャブだ出てねえ」「そう言わずに見せて下さいよ」「うん」
「いっぱい出てますよ」「そ、そうか」ここまではいいのですが、
最近は、後が大変です。お湯で暖かくしたタオルで拭こうとすると、
なぜかキャーキャー騒いで抵抗します。自分の手でうんちをさわり、
布団や着ているものをよごしてしまいます。以前はそんなことはなく
楽でしたが、興奮してしまい指示が伝わらないことが多くなりました。
食事も目を離すと、目の前のコップを倒してしまいます。牛乳で
机が水浸しになっても、特に声を出すでもなく、平然としています。
認知症が進行しているようです。新しい工夫が必要になりました。
「殿、奇麗になりましたよ、その方が気持がいいでしょう」と言っても
何が行われたか忘れています。教えると「そりゃ大変だったな」
「そうか、悪いな」とか良いお爺さんなのですが、その時になると
まるでダメです。介護がますます難しくなってきました。
介護者支援せミナー
【返信元】 小人が足をいじる
2012年10月24日 10:35
今日、立正大学内で、介護者支援セミナーがありました。
いつもお世話になっている介護者サロンのスタッフの方が運営しています。
私は介護体験者として少しお話しをしました。
私の体験が少しでもお役に立てるとしたら嬉しいことです。
介護には長い歴史があるハズなのですが、それぞれの事情で介護は様々です。
私の言葉が、他の介護をしている方を傷つける場合もあるでしょう。
個人主義や自由が尊ばれる時代です。介護の専門家のご苦労を感じます。
介護保険が始まり、みんなが目にするようになった大きな人の顔マークの送迎車が
朝夕たくさん走ります。介護は少しづつ認知されつつありますが、
高齢化社会はもう始まっています。明日の我が身が近い者としては、
何かをしなければと不安にもなります。まだまだ暗い、汚い、できれば
避けて通りたいイメージの介護、いきなり始まり、何年も続く可能性は高いです。
社会保障として、その充実はまったなしです。
小人が足をいじる
【返信元】 痛い所がなけりゃ上等だ
2012年10月12日 11:53
殿が「よせよ〜よせよ〜」と騒ぎます。
「殿、何事ですか」「誰かが足をいじってる」
「どこですか、まだいじってますか」「今いねえ」
聞いてみると、小人が足をいじっているようです。
「気のせいですよ。寝ぼけたんじゃないですか」
「そ、そうか」最近これが多くなりました。
足の拘縮で違和感があるのかも知れません。
いくら伸ばしてもすぐに足を組んでしまうので
そこが小さく紫色で、あざのようになっています。
でも、秋です。殿も食欲旺盛で軟便も改善し、
元気で良く笑うようになりました。うひょひょ
痛い所がなけりゃ上等だ
【返信元】 Re: 殿の幸せ
2012年10月03日 18:32
これも殿の言葉ですが、なるほど、私もそう思うときもあります。
人にできることは限られますが、たぶん、その中で最も大きなことは
楽しみや幸せを見つけたり、作ったりできることかも知れません。
腹が減れば何でも旨いです。わざわざ豪華な料理を見ながら
粗末なものを食べることはありません。殿は食べ物にもこだわらず、
何でも「うめえ、うめえ」と食べてくれます。
「痛い所がなけりゃ上等だ」あまり幸せと思えない言葉かも知れませんが、
考えてみれば、人の幸せはそんなものかも知れません。

捨て猫に縁があります。親戚から電話で、拾った猫を殿のペットにどうかと
言うことで引き取りました。今度は健康な猫です。澄んだ目で人を見つめ、
家の中を走り回り、殿のベットでじゃれています。殿は、甘噛みされたり
爪を立てられて「ぎゃー」と騒ぎます。でも、時々幸せそうに撫でています。
Re: 殿の幸せ
【返信元】 殿の幸せ
2012年09月26日 13:45
意思疎通の手段が、言葉を超越しているという事ですかね。
何かで分かり合える 親子の介護の間にあるものなのでしょう。
殿の幸せはわかりませんし、何をして幸せなのかわかりません。私の関わっている人たちは「少し長く生き過ぎた」と感慨深げに話します。
老いの中に幸せを見つけるのは難しい事なのでしょう。
生きているだけで幸せ と一言で言えない現実もあるでしょう。
その人らしく 人生を全うする。 全うさせる とは
どんな事なのか 
人それぞれ 違う人生を 違う老いを 違う病気を 違う家族を 違う介護を 負う中で どう死んでいくのか
死んで行けるのか 
大変ですよね。人生って
殿の幸せ
【返信元】 今日のお父ちゃん
2012年09月22日 11:30
殿は今、幸せなのかどうかはわかりません。ただ笑っている瞬間だけは、
その一瞬だけは幸せに違いありません。
今の殿は「バカヤロウ」も「チクショウ」も言わず、少しづつ可愛くなっています。
動作や表情や声も介護者の保護本能を満足させるように可愛くなっています。
不思議な適応力です。
また、殿は、世のしがらみ、見栄、体裁、死の恐怖、そんなものを超えて生きている
ようにも見えます。だだ、不安感はあるようで、助けを求めるような声で
「あ〜あ〜」とか「お〜お〜」とか言いますが、優しくされると嬉しそうです。
その方法は簡単です。とにかく笑って側にいること、体に触れていることです。
赤ちゃんと同じです。殿はやはり認知症の優等生です。
認知症も殿のような人ばかりならまだ良いのですが、暴力的で、極端に我がままで、
思うようにならないと、死にたいと自殺を演じるような認知症もあるようです。
核家族の時代です。そのような場合の介護者になる可能性は高くなっています。
今日のお父ちゃん
【返信元】 くまえもんさんこんにちは
2012年09月22日 00:04
涼しくなったので、殿と車椅子で近所を歩きました。
途中で、稲をバックに殿の写真を撮りました。百姓の殿は、やはり稲が似合います。
最近、夜騒いだり、訳の分からないことを言ったり、うんちまみれになる殿ですが
カメラを向け、笑って下さいと笑いながら言うと、殿も最近にない笑顔を見せました。
この笑う時の気持は、認知症も何も関係なく、私とまったく同じ幸せでしょう。
ただ、殿が笑っただけでこんなに気分が良いなんて介護以前にはありませんでした。
朝目覚めると、一番に殿の様子を見に行きます。「お〜今日も生きてる」と確認して
安心します。こんなことで、結構毎日がドラマチックです。介護経験のない方にも、
これを理解してもらえるでしょうか?。これが今日のお父ちゃんです。うひょひょ
くまえもんさんこんにちは
【返信元】 Re: 介護は辛いだけじゃない
2012年09月20日 10:12
あつcomの介護の輪に書き込むことが、冷静さを取り戻し、客観的に自分の
介護を立て直す力になることがあります。私には嬉しいコミュです。
良い介護に必要なのは、きれいごとを貫く覚悟の強さなのかも知れません。
何かを犠牲にして介護していると感じると、介護はただの苦役になりかね
ません。とても無理だと感じてしまった介護者に必要なのが、社会保障なの
ですが、確かにとても充分とは言えませんね。
殿が散歩をしていた頃、子供達が珍しそうに殿を見ます。確かにあんなにも
やっと歩いている人を見る事はほとんどありません。
幼い心には大きな印象として何かが残るに違いありません。それは殿の仕事
でした。また、殿と子どもとの仲立ちを意識的にする方もいて、挨拶を交わし
合うようになった子どもが何人かいました。殿も嬉しそうでした。
そんな風にして敬老という言葉は意味を持つようになるのかも知れません。
Re: 介護は辛いだけじゃない
【返信元】 介護は辛いだけじゃない
2012年09月19日 10:10
ネットでの介護情報の共有や辛さ、厳しさ、孤独感を分かち合うこと等。大変大切なことであるし、専門家がどうのこうのと講釈を並べるより、実際の介護をされている方の生の声はなによりも新鮮で、受け入れることの出来るありがたい言葉だと思います。介護者サロンなどでのおじちゃんの活躍や役回りは大変な価値あるものになっていると思いますし、まだまだ広げていかなければならないでしょう。
ご協力をこれからもお願いいたします。
また、おっしゃるように介護保険制度を制定し、みんなで支える介護。社会保障と名打ちましたが、それほど安心した老後は見えていません。
家族、嫁 子供 がまだまだ身を粉にし、何かを犠牲にしながら介護をしているのが現状ですね。
まだまだ「長男の嫁が親を見るのがあたりまえだろ!」と豪語する兄弟を目の当たりにすると
増税した先の社会保障に何か新しいものが待っているとは思えません。
親子関係 人間関係 人としてのやさしさや思いやり こうした人間性を育てずして、形だけの社会保障を取り繕っても安心した豊で、安心した医療・介護 老後 人生の終焉とは 繋がらないのではないかと思います。
介護現場で見えたもの 感じたものを 介護者同士で共有し共感しあうとともに 子供達の教育現場にも少し情報共有でき、親子とは 人とは 死とは も見つめてもらえる機会があってもいいと感じています。
介護は辛いだけじゃない
【返信元】 毒親
2012年09月13日 18:06
妄想、幻覚、徘徊、介護抵抗、心配、確かに介護には辛いことも多いです。
今までと違ってしまった肉親や配偶者の姿にとまどい、新しい関係を築くしか
ないとわかっていても、介護者はいくつもの矛盾する感情を同時に抱え、
失敗を繰り返します。余裕のなくなった人間が、いかに身勝手かを痛感する
こともあるでしょう。でも、介護は辛い事ばかりではないことも知ります。
権威の象徴のような人が思いもよらない程かわいいと思えることもあるのです。
運命として受け入れた絆の長さは、失敗を乗り越えてゆける筈です。
生き物の宿命は誰も避けられませんが、その中で皆さん頑張っています。
最も辛いのは、介護が限界に達したときでしょう。そのときに受け入れる
施設もお金もない場合が問題です。福祉はそれに備えなければなりません。
介護に希望があるとしたら、その苦しさを乗り越えることかも知れません。
人は見つめたものが拡大します、辛さばかりに目を向けず。介護の楽しい面も
しっかり感じてゆきたいものです。今はその工夫を続けるしかありません。
私の父は、頑固で真面目な人でした。認知症発病後のある日、買い物から帰り
父に言いました「俺がいなくて寂しかったかい」父は「うん」と言いました。
昔からは想像できない父です。今では私が時々お父ちゃんになってしまいます。
毒親
【返信元】 介護の輪
2012年09月12日 18:36
毒親という言葉があります。最近知りました。毒母と言う場合もあるようです。
つまり「毒になる親」の略で、子供のためにならない親のことのようです。
子供の幸せよりも自分の幸せの為に子供を利用する親と言う表現もあります。
なるほど、様々な言葉を生み出す時代です。実際にありそうな話だと思います。
物質的に豊かな時代です。問題がなければ、助け合わなくても生きてゆけそうです。
当然、個人主義や核家族化が進みます。個人や組織は様々な言葉を駆使して自らを守ります。
毒親という言葉が、介護放棄や虐待の正当化に都合良く使われる場合も出てきそうです。
介護はますます難しいことになりそうです。
介護の輪
【返信元】 うひょひょ
2012年09月04日 18:36
介護はとても難しい社会問題でもあります。今、私は介護に興味があり、ネットで様々なことを学びます。
幸い、今ではインターネットで専門家の助言を受けたり。同じ介護者同士が共感しあうこともできます。
介護問題で最も深刻なのは、介護のため経済的に破綻してしまう家庭や介護される側と介護する側の精神的な
問題です。お互いに憎しみを感じながらの介護。不足する介護施設。アルコール依存症や暴力的な要介護者。
介護のストレスで心のバランスを失ってしまう介護者など、様々な苦しみが数多く存在しています。これは
自己責任で片付けられない問題です。最近、私はインターネットの掲示板や介護に関するサイトに積極的に
書き込みをしています。追い込まれた介護者が、少しでも楽になれるよう、自分にできることをしたいのです。
私も6年以上父の介護をしているので、少しは介護者の気持がわかります。でも、軽々しく書き込むことが
できない深刻な事例も多いのです。私にできるのは、せいぜい介護に疲れた方の労をねぎらい、気分転換の
一助になることを願うだけです。私もそうして助けられているからです。これが殿の介護の合間にできる私の
唯一の活動です。楽しいこともあり、自分の気分転換や勉強にもなっていますが、とにかく、この現状は
もっと知られる必要があると感じます。誰にでも起こりうることの一つだからです。
うひょひょ
【返信元】 家族介護
2012年09月02日 23:00
殿が月一度のショートから帰って来ました。
「森川さん、家だよ!俺が誰だかわかるかい」
「ヒロシか…。」
時々どこに来たのかわからないこともあるのです。
「殿がいなくて寂しかったよ〜」
「そ・そうか」
今夜の夕食は殿の好きなカレーです。
3ヶ月も自分で食べたことのない殿が
どうゆうわけか、今夜は自分でサジを持って食べます。
半分以上もこぼしてしまいましたが、奇蹟のような出来事です。
また、自分から話すことのなくなった殿が
今夜は良くしゃべります。話の内容は良くわかりませんが、
◯◯さんちに線香を立てに行くとか、タバコを2本買ったとか意味不明です。
「殿、今日はやけに調子がいいですね、今夜当たり死ぬんじゃないですかね」
殿は珍しく良い顔で「うひょひょ」と笑います。
平成24年9月2日。大切なひとときが過ぎてゆきます。
家族介護
【返信元】 心配してもはじまらない
2012年08月30日 11:33
高齢者は、社会的な貢献も難しく、消費するだけになることもあります。誰かに介護してもらわないと
生きてゆけない場合もあります。経済や進歩だけを考えれば、姥捨て山が合理的となりますが、
高齢者にも人権や生存権がありますし、重度の認知症でも生きている喜びは私たちと変わりません。
どんな人も安心して暮らせる社会でないと、若者たちはますます苦しい生き方を選ぶしかなくなります。
誰でも長生きすれば高齢者。他人事ではないのです。すでに私も老齢年金を頼りにする身です。
子育てや介護を社会で、という発想には合理性はありますが、難しいところもあるような気がします。
殿は「家が一番いい」と言います。家に帰ると少しわがままになります。家族と言うつながりが殿の幸
福や安心に大きく関わっていることは間違いないことで、殿もそうして家族を作り、私を育て、生きて
きたのです。社会的介護という言葉の解釈を間違うと、家族の絆を弱めることになるかも知れません。
私たち団塊の世代は、介護で子どもに迷惑をかけたくないと考える方が多いようですが、その時が来ても
それが本音でしょうか。家族や友人は、昔も、今も、これからも、人生の中で大きな意味を持っています。
介護保険制度の見直しも、理由はどうあれ、その方向を向いています。理想的な介護には家族の力が大きい
のは間違いありません。今後、私たち団塊の世代の介護や尊厳死の問題は、改めて社会や家族のありかたを
考える契機になりそうな気がします。
心配してもはじまらない
【返信元】 Re[4]: 尾崎豊の介護哲学
2012年08月18日 10:47
介護の結末が、介護心中という悲しい事例があります。経済的に行き詰まっての悲劇は、社会のしくみ
としてなくすことは可能だと思います。こんな時代です。介護する側にも注意を向けることが必要です。
殿は一度だけ「こんなんじゃ死んだ方がいい」と言った事があります。この状態が続いたら介護は
苦しいものになったでしょう。また、人としての尊厳や心のあり方は、多くの部分が個人的な問題で、
解決の決め手はなさそうですが、我が殿は、そこのところは尊敬に値するほど見事に切り抜けました。
「ちくしょう」「ばかやろう」が殿の口癖だった時期もありましたが、自分の状態に合わせるように
少しづつ可愛いお爺ちゃん変わってゆきました。おじちゃんも殿に合わせるように、自然に介護者に
なってゆきました。人は実にうまくできているものだと思いました。こんな楽観主義でこれからも
済むかどうかわかりませんが、心配してもはじまりません。今日の問題を良い方向に向くよう、精一杯
工夫するしかありません。原因のよくわからない殿のお尻の傷も少しづつ治ってきています。
Re[4]: 尾崎豊の介護哲学
【返信元】 Re[3]: 尾崎豊の介護哲学
2012年08月16日 18:41
先日の傾聴というお話は、介護に限らず、とても大切な事だと感じました。
傾聴を真面目に考えると、実に難しいことですが、共感できる感性と想像力があれば、
それで良いと言えるかも知れません。そうして私も助けられたからです。
そう考え、私も聞き役になれることを願っています。
私が殿の介護を続けられるのは、聞いてくれる方がいてくれることはもちろんですが
実際は、殿が認知症の優等生だからだと思います。逆に私が癒されたりもしています。
「お爺ちゃんが認知症の優等生だから倅さんも助かるね」と言う人はいませんが、
実はそれが真実なのです。もちろん、これから先どうなるかはわかりませんが……。
たくさんの家族を知るくまえもんさんです。介護は、その家族構成や家族のありかたに
よって様々でしょう。その中で多くの選択肢があることが理想に近いのかも知れません。
介護保険のおかげで、介護は昔から思えば随分と社会に認知されてきたと思います。
でも、くまえもんさんのおっしゃる通り、介護の厳しい現実は、社会的にはあまり
良く見えていないのかも知れませんね。
Re[3]: 尾崎豊の介護哲学
【返信元】 Re[2]: 尾崎豊の介護哲学
2012年08月16日 09:03
介護者支援セミナーお疲れ様でした。
修了証書が届いたということは
もう 立派な 「介護支援員」ってことですね。
この立派な介護 生きるって事の経験を是非
次の介護に悩んでいる人 苦しんでいる人
不安な人に 
”介護は楽しいぞ”
”介護者は立派だぞ”と
教え、サポートしてあげてくださいね。
Re[2]: 尾崎豊の介護哲学
【返信元】 Re: 尾崎豊の介護哲学
2012年08月11日 14:35
くまえもんさん こんにちは
なるほど、「老いを生きる苦しさ」現実を知るケアマネさんの意味深い言葉だと感じます。
現在、我が殿はおむつかぶれです。トイレの後「いてえ〜いてえ」と大変です。
この夏、熱中症予防の為、殿は頑張って水分を補給しました。おかげで元気なのですが、
便がゆるめになり、おじちゃんの臭覚老化、殿の「出てねえ」の結末。2度目のおむつかぶれです。
油断がありました。「殿、申し訳ござりませぬ」
今朝、子猫が死にました。拾ってから5日目です。家の前の捨て猫は今回で2度目。
これも縁です。介護おじちゃんは目の前の子猫をほっておけない体質になってしまいました。
乳離れしていない子猫です、すでに目も開かず、痩せた体で声を枯らし、必死に鳴いていました。
無理に猫ミルクを飲ませ、離乳食を少し食べるまでにはなりましたが、短い一生でした。
子猫が食いちぎった沢山のゴム乳首を胸に当て、殿に「猫おっぱい」と言って見せたら
最近笑わない殿が久々に「うひょひょ」と笑ってくれました。子猫がくれたうひょひょです。
介護者支援セミナーの修了書が届きました。お世話になりました。
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