介護の輪の「介護の理想」
「介護の理想」の書込一覧です。
介護の理想
【閲覧数】97,789
2008年05月14日 11:57
人が壊れてゆくのを見るのは辛いです。
まして、肉親ですからなおさらです。我が身の未来を見るようです。
殿も最近は「ちくしょう」とか「アーアーー」とか辛そうな表情を
見せることが多くなりました。おじちゃんも辛いです。
イライラするのは、何の役にも立たないとはわかっていても、
殿もおじちゃんも、ときどきイライラのエネルギーが湧いてきます。
悟った人は、イライラすることはないのでしょうか。
介護には、人間の様々な矛盾が凝縮しているように感じます。
人類が、介護の理想を実現できるようなら、すべての矛盾は
越えてゆけるような気もしますが、難しそうです。
理想から見れば、すべての人は認知症のようなものかも知れません。
今朝も失敗しました。気を取り直し、何度でもやり直しましょう。
どんな時も、うひょひょと笑いながら、全力で今を楽しみたいです。

書き込み数は606件です。 [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 31 ]
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高齢者の悟り
【返信元】 介護の理想
2018年07月20日 09:08
人は、子供時代から、希望を持って立派な人になるよう教わります。
誰かに認めてもらうのが大切ということでしょう。私は今、70歳で、
体力も落ち、今までになかった喪失体験を重ねています。そして今、
定期的に集会所に集り、ご近所の高齢者と遊んでいます。それは、
いきいきサロンと言います。そこでは、ボケを恐れる傾向を感じます。
惚けない小唄をみんなで歌い、惚け防止体操などをします。私はそれに
違和感を感じています。認知症の父を介護したからです。惚けを恐れる
ことが、差別や高齢者の悲観につながることを恐れます。
父を優しく介護するには、今までのような比較の中の価値観では難しい
わけです。私は、父との縁や、つながりが大切だと考えました。
人の大好きな愛情は、比較や勝利ではないと感じるのです。
私は、堂々と惚けたいと思います。たとえ惚けたとしても、父は修行
していました。介護者が想像できないような喪失体験の中で、父は、
現実を受け入れ、老年的超越をしたと思いたいのです。その試練が
悟りに至る道なのかも知れません。老人の心理などは、介護の研修で
教わるようですが、私はそれを、この世の欲を超越した、超越高齢者と
呼びたいと思います。超越という言葉には、高齢者には希望があり、
若者の高齢者に対する尊敬の気持も含まれている気がするのです。
災害時の介護
【返信元】 介護の理想
2016年04月22日 11:19
熊本の震災ニュースが、毎日放送されています。
介護もそうですが、災害も経験しないとわからない面が
あると思います。1週間過ぎ、介護の問題が取り上げられて
きました。災害がなくても、介護は大変な面があります。
避難生活で、認知症も進むでしょうし、移動トイレも和式が
多いようです。オムツはどこで交換しているのでしょうか?。
また、デイなどの施設や職員も被災しています。
要介護者は最も弱い立場です。介護者のご苦労が想像できます。
余裕のない中での介護。どんなに大変でしょう。
高齢者のプライド
【返信元】 介護の理想
2016年03月13日 07:59
高齢者のプライドの問題は、とても大きな問題だと思います。
当地では20年程前までは、葬儀を家で行っていました。殿は良く近所の
葬儀委員長をしていました。母が亡くなった時は、近所の人が委員長を
しましたが、葬儀の段取りがうまくゆかず、殿に聞きいてみました。殿は、
「俺だって全て知ってるわけじゃない、その失敗を引き受けるのが
年寄りの役目だ。俺だって失敗はしてきた」と言いました。私は心から
「なるほど」と思いました。皆が良かれと思ってやることで、ほとんどの
トラブルは生まれます。殿は失敗も覚悟してお役目を引き受けていたのです。
自分のおバカを許すことが出来なければ逃げ出したくなる仕事です。
殿は、たとえ失敗しても、自分がやるべき仕事だと思っていたようです。
それが殿のプライドだったと思います。私も介護からは逃げませんでした。
殿は認知症になる前、言い訳はしませんでした。でも認知症になってから
子供のような言い訳もしました。そんな殿を粗末にはできません。
命に限らず、全ては変化し続けます。永遠の実体はないということでしょう。
あのピラミッドさえ、計算によれば2000万年で消えるそうです。
人は亡くなっても、物質としては、変化して存在し続けますが、人の中心と
思われている精神は残りません。私達は一瞬だけの存在です。
それに執着することは、苦と厄をもたらします。私はそれをあっさり納得
できます。何かを受け取る事も、想う気持も。行動も、認識も、結局は
実体ではありません。それは、恐怖にも実体はないということです。
そう思う事で、むやみに煩悩の火を燃え上がらせることなく、冷静に
今更バカは怖くねえと言えます。これは、苦しみから自由になる一つの方法
かも知れません。ケ・セラ・セラ。儚い者同士、仲良く気持良く暮らしたい
ものです。そう思えば、介護もそれほど苦しくはなりませんね。おほほ
Re: 笑顔と嘲笑
【返信元】 笑顔と嘲笑
2016年02月12日 00:11
職員間でも、不快に感じるときがありました。

この問題、とっても難しいです。

笑顔と嘲笑の線引き・・・立場によっても変わってくるでしょう。

嘲笑のつもりがなくても、ご家族からは、そう取られてしまう事もあるかもしれないし。

とっても、考えさせられました。
笑顔と嘲笑
【返信元】 殿のプライバシー
2016年02月11日 17:35
誰の心にも、天使も悪魔も住んでいます。
介護職の方の中にも、認知症の殿に対する態度に
私が不快感を感じてしまったことが何度かありました。
微妙なところですが、笑顔と嘲笑は別物です。
対象者の元気な頃を知らず、いきなりお世話をする
ことになるのですから、無理もない面はあると思い
ますが、家族にそんなことを感じさせてしまうことも
あるのです。理想の介護は本当に難しいと思います。
殿のプライバシー
【返信元】 いきいきサロン
2015年11月20日 18:27
殿が認知症になっても、私はそれを隠そうとは思いませんでした。
殿も認知症の自分を隠しませんでした。オムツの話しを殿の前で
誰かと話していても嫌な顔をしないので、殿に聞いてみたことが
あります。殿は「そりゃーいい感じはしねえよ」と言いました。
それはそうでしょうが、「今更バカは怖くねえ」とどこかで覚悟
できていたのだと思います。
殿は散歩を日課にしていました。私は、殿が休む為の椅子を持って
一緒に歩きます、近所の人も普通に接してくれました。弟の家族も
交えて7人連れで散歩することもありました。すれ違う子どもが
珍しい物を見るように眺めます。殿は目が悪いので、すれ違う人を
ジッと見ますから知り合いは殿に挨拶します。そして、親孝行だと
倅たちを誉めてくれます。殿は嬉しいようでした。同じく認知症の
お婆ちゃんとは、椅子と手押し車で並んで座り、同じ話しを何度も
楽しみます。私も調子を合わせます。そうして殿は、プライドや
プライバシーをあまり気にしないようになりました。認知が進ん
だのかも知れませんが、それだけでなく、それを自分の仕事だと
思っていた時期もありました。それが介護を楽にしてくれました。
難しい面もありますが、妙なプライドやプライバシーは捨てられれば
その方が楽なのは確かです。難しいとは思いますが、堂々と認知症を
生きられる社会であって欲しいと願います。
いきいきサロン
【返信元】 介護の現状と未来
2015年10月08日 23:38
当地では、いきいきサロンという地域の集会を1年以上続けています。
毎回30名程のお年寄りが集まります。一緒に歌を歌ったり、奇術や楽器の
演奏などをしてくれるボランティアにお願いしたお楽しみもありますが、
ご近所さんとのおしゃべりがメインの集会です。私はそこでボランティアを
しています。日本中でそんな取り組みを始めているようです。
そこには様々な方が見えます。地域包括、リハビリテーションセンター、
研修の学生さんも来ます。私達は歓迎し、いつも何かを話していただきます。
高齢者の栄養、運動、唾液腺マッサージなどです。そうすることで
地域包括センターや、介護施設への妙な抵抗が少なくなってくるのを感じます。
いきいきサロンのような取り組みは有効だと感じています。
介護の現状と未来
【返信元】 社会的介護
2015年04月09日 08:00
介護の現実を知る程に、絶望的な気持になることがあります。
介護される高齢者が不穏になるには様々な訳があるでしょう。
家族の気持もわかります。介護保険や施設の事情もあります。
現実を知り、介護職から離れる有資格者も少なくありません。
本音と立て前は昔からあることですが、絶望する要素が今の
介護には多いように思います。その中で真摯に頑張っている
人がいることは知っていますが、目をつむるしかない状況も
数知れません。今も、多くの方が介護で苦しんでいます。
今、介護のない方も当時者になる可能性は高くなっています。
どんな立派な人も、いつかは高齢者。他人事ではないのです。 
社会的介護
【返信元】 介護を振り返って
2015年04月06日 11:56
認知症の介護は、極限状態をもたらす場合もあり、自分の闇と向き合うことも
あります。私は介護者に住む鬼の正体をずっと考えていました。うまい答えは
見つかりませんでしたが、鬼を禁止されることで抑圧された鬼は、コップの水が
溢れ出るように、何倍にもなって爆発するのが、介護の鬼の正体かも知れません。
私たちの世代は、優しくあれと教わっています。でも、今の社会は優しさが減少
しているように感じます。今の若者たちには、自己責任、効率、勝利、自己実現
など、個人的価値が過度に伝わり、余裕が少なく、恐怖を感じながら育つような
面もあるように感じます。知性は、殺人や破壊、犯罪にも使われた歴史があります。
自分の自身のプライドから、歪んだ正義が生まれ、それが悪人を作り、自分自身を
価値ある者にしたいという欲望から、人の繋がりを弱くしている気がするのです。
昔は介護と言う言葉もなく、当然のように家で看取りました。子どもたちは
それを見て育ちました。家族や地域が世界の中心で、鬼の出番も少ないものでした。
自分だけを見つめる個人主義に安らぐ場所は少なそうです。勝利は敗者も作ります。
敗者の人生を教える場所は少なく、嫉妬や卑屈が、鬼の出番を増やしているように
感じるのです。鬼を小出しにするより、天使を味方にする方が良さそうですが、
その機会も少ないと感じます。社会的介護という言葉の別の意味が気になります。
介護を振り返って
【返信元】 介護の理想
2015年01月16日 14:58
人生には様々なことが起こります。思いもしなかった介護が、いきなり現実となることも
あります。私もそんな感じでした。トイレに行った父が。突然体が動かないと、廊下に座り
込んだまま動けません。「大丈夫だ」と何とか立ち上がった父を説得し、病院を2カ所回り、
慢性硬膜下血腫と判明。3つ目の病院で、2回に分けて手術を行いましたが、認知症の症状
と歩くのが難しくなったまま、退院となり、要介護3の介護生活が始まりました。
父は、家に帰るなり「ここはどこだ」と言います。それでも、初めの頃はそれほど大変では
ありませんでした。本来、楽天的なところもある父は、話しも何とか通じ、聞き分けも良く、
父と同じく楽天的な私は、リハビリを頑張ることで乗り切れました。やがて認知症が進行し、
幻視、幻覚、幻聴など様々な症状が出てきました。父は、その中で精一杯生きていました。
私は正しく認識して欲しくて、あらゆる手段や言葉を使い。説得を試みました。そこには
正しい認識に固着する自分がいたのです。それは父との戦いも意味していました。
父の幻覚は、父にとっては真実なのだと、しっかり認められるまでには時間が必要でした。
恐ろしい幻覚や幻視に父は苦しみ、不穏になります。私も苦しいです。そこで、父を殿とか
◯◯さんと名字で呼ぶ事を思い付きました。お父ちゃんと呼ぶと、感情に負け、良い介護者
になるのが難しいと感じたのです。その頃になると排泄のコントロールもできなくなってき
ました。混乱する時期もありましたが、幻覚に苦しむ殿を見続けることの辛さを思えば、
便の処理は「殿のお尻を拭かせていただき恐悦至極にござりまする」などと冗談の言える程
度のことでした。ポットン便所で、畑には新聞紙がヒラヒラ舞う時代に育った私ですが、何
より大きかったのは、母が祖母の介護をするのを子供のころに見ていたことが、役立ったと
思います。それは壮絶な介護でした。褥瘡は骨にまで達する程で、脳死状態の口腔内は乾き、
岩のようでした。母は、涙を拭きながら、脱脂綿で口を湿らせていました。それでも、母は
愚痴を言うこともなく、誰も責めず、当然のように淡々と介護を続けていたのです。
それから思えば殿の介護は楽でした。そうなると、食事を摂らせることが最も大切な仕事に
なります。要介護5になると、自分では食べる事ができず。食欲もなく、食事には3時間も
かかることもあります。それでも、時折見せる笑顔に励まされて何とか介護していましたが、
やがて、笑顔もなくなり、言葉も少なく、看取りの近いことを感じるようになりました。
介護は、マニュアル通りが良い事は確かですが、肉親の場合、情がからみ、マニュアル通り
にはできないものです。自分を苦しめる肉親に対して怒りすら湧いてくるものです。誰でも
優しくしたいのに、そうできない気持に苦しみます。負の連鎖に落ち込みやすい介護です。
そんな自分の介護に合格点を出して乗り切るには、どんな介護者でありたいかを、しっかり
見つめ、覚悟することが大切です。介護を自らの問題として考え、耐えられないと思われる
ことでも、淡々と行っていることで、やがては慣れてくるものです。慣れは、介護で最も大
きな力です。楽しい時には今が全て、辛い時の今はただの状態です。被介護者は大切にされる
必要があります、介護者は必要とされることを喜びとするしかありません。別れは必ずやって
きます。その時を想像しながら、自分の介護に何とか合格点を付け、介護を全うすることが
できることを願います。それは、残された者が幸せであるために必要なことだと思うのです。
終活
【返信元】 介護の理想
2014年11月14日 09:54
最近、終活という言葉が使われています。私のように独り身で親を見送り、
自分の老いを意識すれば、そういう言葉が大きな意味を持ってきます。
自分の人生にOKを出し、奇麗にこの世とさよならしたいのは誰も同じです。
私もそれを意識しています。
最近、墓は不要という人も増えています。誰にも迷惑をかけたくないとも
言います。当然かも知れませんが、本当に誰にも迷惑を掛けず、この世を
卒業できることはほとんどないでしょう。一人の命は結構重いと感じます。
墓は、生者と死者をつなぎ、先祖への感謝や供養の気持を形にしたものです。
おじいちゃんやおばあちゃんの墓に手を合わせながら育った子供たちは、
先祖への感謝の気持ちや、限られた命の尊さを知り、現在に感謝し、他者へ
の思いやりや、家族の絆を支える心を育てます。特に立派なことはしなくても
家族の歴史の一部として自らの存在に意味を与える根拠になることもあります。
私自身が、その家族の歴史の中に存在していることは確かなことなのです。
墓は家族の過去、現在、未来をつなぎ、地域、親戚、ひいては国や人類という
共同体を支える力も含んでいる気がします。社会や個人の平和をゆるぎない
ものにする為には、限られた命という考え方だけでは不十分なようです。
子孫に美田を残すとか、ひ孫のために木を植えるというような自制的な
生き方を支える根本には、墓もそれなりの意味を持っているように思います。
環境破壊や資源の枯渇は、行き過ぎた個人主義や、生きている時間に縛られた
考え方の結果かも知れません。根本的に墓は、死という不条理な問題に答え
らしきものを求める人の心から生まれたと思いますが、古いしきたりには
軽く見てはいけない、人が平和に生きる為に練り上げられた本質的な知恵が
含まれていると思います。介護の心の問題も墓と無縁ではないと私は感じて
います。結局、私は墓じまいをすることになりそうですが、そうなったら
あの世で先祖にたっぷり叱られそうです。せめて、生きている間はしっかり
お守りしますので、お許しを願うしかありません。おほほ
遺影
【返信元】 介護の理想
2014年11月11日 18:55
殿の一周忌が終わりました。
親のない子として早くも1年。さすがに一人暮らしにも慣れました。
お葬式や、法要の時には、普通写真を飾ります。私は趣味で写真を
撮っていましたが、殿の葬儀に良い写真を飾れませんでした。
殿が最も出来上がったと思われる写真では若すぎます。
認知症になってからのスーツの写真は本来の殿ではありません。
帽子をかぶっているのが最も殿らしいのですが、できれば帽子は
ない方が良いということで、葬儀にはスーツのものを使いました。
一周忌には帽子のものを使いましたが、ついでに撮ったもので
いまいちです。母の時は、大手術の前に万一を考えて撮った物で
まあまあの物がありました。葬儀用の写真はほとんどがピンボケの
物が多いと感じます。縁起が悪いとか言って撮らない人が多いとは
思いますが、しっかり撮影しておけば良かったと後悔しています。
元気な時に、しっかり撮影しておくことをお勧めします。
ボケない小唄
【返信元】 介護の理想
2014年08月30日 11:43
最近、ボケない小唄とか、ボケない五ヶ条とかを目にします。
地元のいきいきサロンでも、そんな印刷物がくばられたりします。
ボケないで、しっかりしたまま、皆に迷惑を掛けず、この世を
卒業したいという気持はわかります。
でも、迷惑をかけないでさよならできる人は少ないと思います。
7年半、認知症の父を介護した者としては複雑な思いです。
これらが、必要以上にボケることを恐れる雰囲気を作り、認知症の
差別につながることを恐れます。私は安心してボケたいと思います。
たとえ認知症でも、感情はしっかりあります。自分が認知症だと
いうことに絶望したり、恥じたりして「死にたい」と私は言いたく
ありません。認知症でも堂々と生きられる社会であってほしいと
願います。人は理想から見れば、みんな認知症のようなものです。
「いまさらバカは怖くねえ」殿のお言葉は最後の自尊心です。
長い間社会に貢献してきた高齢者を大切にできないとしたら
真に平和な社会は実現しないでしょう。
Re[2]: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 Re: かわいいお爺ちゃん
2014年04月10日 12:11
としちゃん コメントありがとうございます。
実際、おじちゃんは、もうお爺ちゃんなのです。
老齢年金を貰っているわけですからね。
もう昔のような肉体労働の勤めは困難だと思います。
でも、できる事はしたいと思います。
ネットで介護者を励ましています。
デザインの仕事をボランティアでしています。
水切りおじちゃんの仕事も、まだあります。おほほ
Re: かわいいお爺ちゃん
【返信元】 かわいいお爺ちゃん
2014年04月09日 23:37
おじちゃんなら!間違いなく、かわいいお爺ちゃんになりますよ^^
私も、かわいいお婆ちゃんになりたいけど・・・チェックが厳し~いお婆ちゃんになったりして^^
どちらにしても、どんな!お爺ちゃんやお婆ちゃんにも、対応できる^^介護職員の育成に関われるように、私自身ががんばりま~す\(^o^)/
かわいいお爺ちゃん
【返信元】 介護の理想
2014年04月09日 21:50
私には若い頃から誇るべきものがありませんでした。
55歳の頃、何が進歩なのかもわからなくなりました。
人生の大半を夢中で過ごし、これから先、成長する可能性が
あるとも思えません。あるがままの自分を受け入れるしか
ないと気付き、これから本当の自分の人生が始まるような
気がしていました。それから数年後。殿の介護が始まりました。
そして、また数年後、私は老齢年金が貰える歳になりました。
介護者になるには、全てがなんとも良いタイミングでした。
実際、介護の準備は48歳の頃からしていたのです。独身の私は
介護の事も考え、自営業に転身していました。これが大成功で
両親を無理なく見送る基礎になりました。
子供のいない私は、親を見送ることが大切な仕事だという意識が
48歳のころからあったのです。結局、父の介護が今までして来た
仕事の中で、最も誇りの持てる仕事になりました。
でも、自分の始末は、どうする事もできません。殿と呼ばれる
かわいいお爺ちゃんになりたいと思います。おほほ
Re[2]: 介護を終えて思うこと
【返信元】 Re: 介護を終えて思うこと
2014年03月15日 10:30
としちゃん ありがとうございます。
今回の介護者サロンには、民生児童委員になったばかりの方が見えました。
介護の現実に触れてみたいということのようでした。確かに介護は何年か
経験してみないと、自分の気持の中に潜んでいるものが良く見えない面が
あります。それを乗り越えることが介護の本質かも知れませんね。それは
経済的な問題よりもずっと多いでしょう。介護の経験のない方は、介護の
怒声や子どもじみた喧嘩が充分に理解できない面があるのもわかります。
介護者も、介護が終わると良い物語に作り変えざるを得ない面もわかります。
楽しい話しの少ない介護ですから、それが、介護の蓄積が充分に伝わらない
原因かも知れなません。被介護者が亡くなったときの悲しさを、介護中に
生かすことが難しいのはなぜなのか?。介護は本当に難しい問題ですね。
Re: 介護を終えて思うこと
【返信元】 介護を終えて思うこと
2014年03月14日 21:04
おじちゃん♪
先日は、イベントが重なりお休みしてしまいました。
介護者サロンのスタッフに おじちゃんがなってくださり、とっても心強いです(*^^*)
会を重ねるたびに、介護者サロンの必要性を実感しています。
また、相談にこられた方が!スタッフ側になってくださったりして、嬉しい限りです。
介護には不安がいっぱいです、それぞれの立場や環境でパターンも違いますから、経験者の方がスタッフの一員になってくださることは、サロンを運営していく上でも、理想ですよね^^
私は!私に出来ることを考えながら、介護者サロンを通して、一人でも多くの方のお役にたてたらいいなと思っています。
これからも 宜しくお願い致します。
介護を終えて思うこと
【返信元】 介護の理想
2014年03月08日 16:11
介護を終え、もうすぐ5ヶ月になりますが、今も介護者サロンに通っています。
先月の介護者サロンで、私が介護を終えたことを話したとき、介護中の方から
「いいなあ」という言葉をいただきました。
これは少なからず私にはインパクトのある言葉でした。私はもう介護仲間ではない
ということだと感じたのです。ネット上での私のコメントも少し変わりました。
介護には、目を伏せて遠ざかりたくなるような。辛さや悲しさもあります。
でも、優しさや思いやりもあります。人の心の真実が見えるように感じています。
介護に本気で取り組んだ私の7年半には、私なりの気付きもあり、それなりの成功
体験もあります。それは皆さんにもあると思います。そんな、たくさんのヒントが
介護者サロンにもあります。そこで介護が楽になることを私も実感しました。
多くの例や言葉の中から、自分に当てはまるものが見つかることもありました。
介護の基本的なことはいろいろ言われていて、介護者はわかっています。それでも、
介護の状況は様々で、優しくしたいのに優しく出来ない。怒りたくないのに怒って
しまう。悪循環になっているような状況も多いのです。介護はその悪循環を断ち切る
ことが重要ですが、それは介護者が見つけるしかありません。追いつめられると
冷静な判断を狂わせることが多かった気がします。ちょっとした気付きで、介護す
る側、される側、双方が劇的に楽になることもあるのが介護です。今でも私は
それを探しています。私も理想的な介護とは言えませんでしたから。
親や身内の介護について、法的には扶養義務はあっても。介護の義務は含まれてい
ないようです,扶養義務は金銭の支払いのみで良いということになるようです。
まして、嫁の立場には扶養義務、介護義務は原則としてないようです。覚悟さえ
あれば、全てを捨てる選択もありえます。私もそれを考えたこともありますが、
自分の都合で在宅介護を選択しました。当然きれいごとが多くなります。私は、
きれいごとが好きなのです、でも、介護が終わって、それでめでたしめでたしと
いうわけにはゆきません。自分の老後の問題だけでなく、介護には様々な問題が
あります。考えても、どうにもならないと思うことも多いですが、たとえ微力でも
できることはしたいと思います。
認知症学
【返信元】 介護の理想
2014年02月21日 19:18
これから、私達団塊の世代が病院を占領するでしょう。医学の進歩で認知症も増え、
社会は混乱することが想像できますが、私たちは経験しない事は良くわかりません。
私は若い頃、親孝行は高齢者が作った言葉だと簡単に思っていましたが、もしかしたら
子が作った言葉かも知れないと、介護をして思うようになりました。昔からの風習には、
現実と理想を考えた知恵を感じます。長い時間をかけて残ってきた深さを感じます。
殿が亡くなり、もう一つ考えていることがあります。それは介護者には自分が認知症に
なった経験がないということです。当然ですが、常識から認知症を捉え過ぎている気が
するのです。認知症の高齢者には人生経験があります。できるだけそれを理解しないと、
介護はうまくゆかないでしょう。基本的な接し方だけでなく、認知症学というような
学問も必要な気がします。認知症への対応を蓄積する必要を感じるのです。ネットで
調べたらありました。でも、普及してないようです。認知症の対応には難しいことが
とても多いですから、今後は益々必要な気がします。
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